エンターテインメント

遠野遥『改良』の私

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 911(2020.03.02発行)
大阪の正解

主治医:星野概念

症状:こういうのが好きなのかどうか、私にはわからない。しかし、自分の意思でこういう格好をしているのは確かだった。
備考:メイクや女装をし、美しくなることに執着しながら、バイト代をデリバリーヘルスにつぎ込んでいる。性をめぐり揺らぐ、20歳の「私」。河出書房新社/1,300円。

診断結果:決して一面的に捉えられない、人間のセクシュアリティ。

 僕が幼少期の頃、同じ幼稚園の女子のピンクの服が着たいと泣いたという話を親から聞いて驚いたことがあります。でも思い起こせば、僕はワンピースという服の形が好きで、大学の時の交際相手にワンピースを着させてもらって高揚感を感じたこともありました。また、僕が嘱託医をする施設に通所する男性で、性的指向は異性愛だけど女性の格好をしたいと悩む人がいました。面接の時、人前で着たことがなかったお気に入りのスカートで来てもらったところ、とても嬉しそうだったので、まずは通所の時だけ好きな格好で来るという試みをしたところ、自信をつけ、今ではどこでも化粧をしてスカートで出かけていて、人生が楽しくなったと言っています。本作の主人公で大学生男子の「私」
も、女性の格好をして美しさを追求しながら、デリバリーヘルスを頻用したり、バイトの女性の同僚との性行為を思い描くなど、一見ちぐはぐしています。でも、「私」にとっては、その状態が最もしっくりくるのであり、世間的な性的指向のラベルを他者から安易に貼られる場面では、葛藤や怒りが露わになります。人間には、外からは見えない、現存するラベルで簡単に表現できない複雑味がきっと誰にでもあります。過去の自分のことを想起してもそう思います。「自分は○○だ」「あいつは○○だ」と簡単に判断してしまうことの危うさを改めて感じる読書でした。

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ほしの・がいねん

精神科医。音楽活動もさまざまに行う。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が話題。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS911号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は911号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.911
大阪の正解(2020.03.02発行)

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