アート

【3月3日開催】『写真とファッション 90年代以降の関係性を探る』

BRUTUSCOPE

No. 911(2020.03.02発行)
大阪の正解
アンダース・エドストローム『Martin Margiela spring/summer 94』より。1993年。作家蔵。©Anders Edström

現代のファッション写真はここから始まった。

 『写真とファッション 90年代以降の関係性を探る』と題されたこの展覧会は、これまでほとんど語られることのなかった90年代以降を、当時最もセンシティブでラディカルだった「写真とファッション」という視点から紐解こうという刺激的な試み。そしてこの展覧会は90年代から現代までの30年間、写真とファッションの先進的なシーンに常に身を置いてきた、一人のジャーナリストの目線を通して構成されたものでもある。
 ジャーナリストの名は林央子。本展の企画監修担当である。彼女は、90年代には資生堂『花椿』編集部に籍を置き、その後ジャーナリストとして活動しつつ、パーソナルマガジン『here and there』を編集発行するなど、アクチュアルに文化の現場に携わってきた人である。

林さんが90年代に興味を持って注目していたモノはどんなものですか?
林央子
花椿編集部で海外情報をチェックする中でまず興味を持ったのが、アメリカのRiot Grrrl(ライオット・ガール)と呼ばれたムーブメントでした。Bikini KillというバンドやZINEカルチャー、フェミニズム雑誌『Bust』が同人誌のような形で創刊されたのもこの頃でした。
そのうちにX-girlからキム・ゴードン、ソフィア・コッポラといったキーパーソンが現れ、彼女たちの周辺から発信されるニュースに強く惹かれるようになりました。アーティストのリタ・アッカーマンや若きクロエ・セヴィニーらが世代を超えた「仲間」であることや、一緒に何かを作り出したり協働したりする動向が、とても魅力的に感じられたんです。
パリコレを初めて取材したのは93年、ちょうど92年秋にエレン(・フライス)たちの雑誌『Purple』が創刊されたばかりでした。このメディアの登場で停滞していたパリの空気はがらっと変わり、『Purple』でのインターン経験のあったサラ(・アンデルマン)が〈colette〉を始めたり、という流れが生まれていきます。本展に出品しているアーティストの多くも参加しています。
エレン・フライス《Ici-bas(In this lower world)》。2019年。作家蔵©Elein Fleiss

90年代にはかなりドラスティックな変化が起きていたように思うのですが?
80年代の文化は都市的なライフスタイルや消費行動、ブランドといったものに憧れた時代だったと思います。つまり“「外のこと」で作る私”。それに対して90年代には、そんな虚構を突き破るような表現が続々と生まれました。ヴォルフガング・ティルマンスや、デビュー当時のケイト・モスの新鮮なイメージを撮った女性写真家コリーヌ・デイのように。そこから生まれた価値観が“「内からのリアル」で作る私”。90年代のクリエイションの現場では、すべてが「リアルか否か」で決まった実感があります。
また階級との結びつきが強かったファッション界でも、ジェンダーレスなファッションショーのパイオニアであるヘルムート・ラングがスターへの階段を上り始め、メゾン マルタン マルジェラによる写真を活用したメディアコミュニケーションなど、オリジナルな表現がさまざまに模索された時代でした。
当時の実験精神を受け継ぎ、内からの自由や自分にとってのリアリティの探求を今も果敢に貫くアーティストたちを招いた本展が、協働や対話の可能性を再考する機会になればと願っています。
PUGMENT×ホンマタカシ『Images』より。2019年。作家蔵。©PUGMENT/©Takashi Homma

写真家・髙橋恭司が語る、90年代のリアル。

 この間パリに用事があって、ついでにエレン(・フライス/元『Purple』編集長)を訪ねたんです。90年代には彼女が東京に来ると会ってたけれど、こんな年になってまで会うなんて想像もしてませんでした。
 時間って何なんでしょうね。過去には戻れないわけで、言ってしまえば過去なんてないのかもしれないけれど、昔からの知り合いはいるのできっとあるんでしょう。でもリアルな手触りがあるのは今のことだけですからね。この年になると時間って何なんだろうってよく考えます。
 今から約30年前。1989年に天皇陛下が亡くなって、天安門事件、ベルリンの壁の崩壊、ソビエト連邦の解体が雪崩式に起きて、それらは自由への希求である一方で、90年代は大きな喪失感から始まった10年という言い方もできると思います。そのポッカリ空いた空白に入り込んだのがオウムら新興宗教……ってそういう話じゃないよね(笑)。でも僕、『流行通信オム』の宗教特集で、上九一色村でサティアン撮ったんだよ。当時は「写真で見る」ことが面白がられていて、「世界の周縁」みたいな感覚もあったという印象がある。
 個人的なことを言えば、メディアやレコード会社にまだ余裕があって世界のいろんな場所に行って写真を撮りましたね。そうすると担当のデザイナーとかが新しい写真表現をいろいろ教えてくれるんですよ。「恭司の写真に似てるだろ」ってエグルストンの写真集を見せてくれたり。エレンが『Purple』に写真を載せてくれたのもこの時代のこと。僕はすごく周囲に恵まれていたんです。
 ただ僕の意識としてはファッション写真家であったことは一度もなくて、今回取り上げてくれている《Tokyo Girl》も、当時『CUTiE』の編集長だった杉村道子さんが僕の写真を面白がってくれて、恭司のテイストでファッションを撮ってみて、とやらせてくれた仕事。
 写真とファッションという視点で90年代を見ると、カテゴリーが解体されていった時代といえるのかもしれない。例えばブルース・ウェーバーやサラ・ムーンは、あくまでファッションも撮る写真家じゃないですか。そういうことだと思います。
 ただ写真のプロでもない限り、写真を見るって被写体を見ることなわけです。被写体の前に写真は消える。だからどうってわけじゃないけれど、僕は90年代も今も軽やかに撮ろうと思っているので、軽やかに愉しんでもらえればうれしいですね。(談)

髙橋恭司《Tokyo Girl》『The Mad Broom of Life』より。1992年。作家蔵。©Kyoji Takahashi,courtesy of nap gallery

アートカテゴリの記事をもっと読む

『写真とファッション 90年代以降の関係性を探る』

3月3日〜5月10日、東京都写真美術館2階展示室で開催。出品作家:アンダース・エドストローム、髙橋恭司、エレン・フライス×前田征紀、パグメント、ホンマタカシ/企画監修:林央子。恵比寿・People、新宿・BEAMS JAPAN
でサテライト展示開催。http://www.topmuseum.jp

髙橋恭司

たかはし・きょうじ/90年代より『Purple』などのカルチャーファッション誌で作品を発表。写真集に『The Mad Broom of Life』ほか。最近インスタを始めた。

text/
Kaz Yuzawa

本記事は雑誌BRUTUS911号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は911号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.911
大阪の正解(2020.03.02発行)

関連記事