エンターテインメント

川端康成『無言』を描いたアレクサンドル・デスプラの境地。

BRUTUSCOPE

No. 910(2020.02.15発行)
キッチン
ソルレイ(左)

映画音楽の巨匠が、オペラに託した思い。

フランス出身の世界的な映画音楽家、アレクサンドル・デスプラが初めてオペラの音楽を手がけ、先頃その日本公演が横浜と京都で行われた。それは『サイレンス』というタイトルのオリジナルのオペラで、原作はなんと川端康成、演出はデスプラの公私にわたるパートナーのソルレイ、そして演奏はルクセンブルクを拠点に世界的に活躍するアンサンブル・ルシリンが務めたのだが、それは素晴らしい舞台だった。そこで、その公演のために来日したデスプラとソルレイに、『サイレンス』のこと、また最近のデスプラの映画音楽の仕事についてインタビューを行った。

BRUTUS
原作となった川端康成の『無言』という短編をどのようにしてお知りになりましたか。
アレクサンドル・デスプラ
日本文化は、昔からソルレイと私の生活・文化的環境の一部になっています。ですから、私たちは、かなり前から川端の作品を読んできました。そして、『富士の初雪』という短編集がフランス語版で出て、そこで『無言』を偶然知ったのです。私たちはこの作品を読んでとても感動しました。
ソルレイ
『無言』の中で、主人公の作家は左手が麻痺して文章が書けないことになっていますが、たまたま私自身も脳の手術の際の事故で左手が麻痺し、ヴァイオリンが弾けなくなってしまったのです。あの小説の中で重要なのは、創造の行為を伝達する手段として「手」が使われているということです。それは私のオペラにおける演出、また私の美意識にも大きな影響を与えました。そこで、オペラの中にも手の亡霊が出てきます。川端がロダンの手の彫刻を見ているとても有名な写真がありますが、それも左手でした。私自身も今、ヴァイオリンにおいて「サイレンス」の状態になっています。ですから、この作品に音楽をつけ舞台化してみたい、この知られざる作品をオペラ化してみたいと思ったのです。
B
「サイレンス」といえば、日本にも「間」という考え方があったりします。お2人が「サイレンス」という言葉に込められた意味を教えてください。
デスプラ
書くことの「サイレンス」、クリエイションの「サイレンス」です。アーティストが表現手段を奪われた時、一体その人は何になるのでしょうか。先ほど「間」ということをおっしゃいましたけれど、2つのものの間というのは生と死の間ということでもあります。何か事件や事故が起こった時、必ずその前とその後というものが存在します。その2つの間にあるものを音楽にしたいと思ったのです。
B
特に日本的な演出という点でこだわられた部分はどこですか。
ソルレイ
西洋の文化の中で育った私が、日本文化に対して持っている距離を、いわゆる日本的な美学から距離をとることによって表そうと思ったんです。その距離を示しているのがまさにビデオ映像という手段です。舞台で起きていること自体を日本的にしようとは全く思っていませんでした。出演者たちの持っているある敬意に満ちた態度だけがおそらく日本的なものなのです。ですから、いわゆるオペラ的なロマン派的な演出ではなく、苦しみや死から距離をとった、引いた演出になっています。そして、舞台の上で起きている世界と、背景となる映像、まさにその2つの間に「サイレンス」があるのです。
B
『サイレンス』から離れますが、アレクサンドルさんはまもなく日本でも公開される『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の音楽も作られています。それについても少しお聞かせいただけますか。
デスプラ
この映画の監督グレタ・ガーウィグは、『若草物語』のストーリーを完全に作り変え、再創造しました。彼女はこの古くさいストーリーに現代性を与えることに成功したと思います。私はそれをとても気に入りましたし、作曲にもインスピレーションを与えてくれました。この映画の中には多大な喜びとたくさんのイノセンスがあります。
B
最後に、答えにくい質問かと思うのですが、アレクサンドルさんがこれまでコラボレートしてこられたウェス・アンダーソンの新作『The French Dispatch』の音楽について、何かヒントでもいただけないでしょうか。
デスプラ
ウェスは映画を作るごとに、彼の世界がより豊かになり力強くなっていくのを感じます。ですから、次の作品は彼の最高作になるはずです。音楽に関しては、これまでウェスの作品で一度もやったことがなかったピアノソロの曲があります。とても奇妙な曲です、いつもながらのことですが(笑)。

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』

グレタ・ガーウィグ監督が、ルイーザ・メイ・オルコットの『若草物語』を現代的に翻案した映画。デスプラは、監督からモーツァルトとデヴィッド・ボウイの中間のような音楽を依頼されたとのこと。3月27日、全国公開。

©Silvia Delmedico

『サイレンス』

川端康成の短編『無言』を原作とするオペラ。2019年にルクセンブルク、パリで上演されたのち、2020年1月に日本で上演された。撮影監督に永田鉄男、衣装にピエールパオロ・ピッチョーリが参加するなど、各界のトップアーティストが集結した作品。

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アレクサンドル・デスプラ

数多くの映画音楽を手がける作曲家、音楽家。代表作に、『真珠の耳飾りの少女』『シェイプ・オブ・ウォーター』『グランド・ブダペスト・ホテル』など。

ソルレイ

ヴァイオリン奏者、芸術監督、映像演出など音楽に関わる制作や、ビジュアルアートと深く関わる。2010年よりデスプラ作品の芸術監督、副指揮者を務める。

photo/
Masanori Kaneshita
text/
Mikado Koyanagi

本記事は雑誌BRUTUS910号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は910号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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