ライフスタイル

尊敬できる、 キッチン道具。

 

No. 910(2020.02.15発行)
キッチン
熊野 亘(左)原川慎一郎(中)内田鋼一(右)

日々使うものだからこそ、キッチン道具には、機能性、使い勝手、形、素材など、使う人のこだわりが表れる。デザイナー・熊野亘さん、料理人・原川慎一郎さん、陶芸家内田鋼一さんの異なるフィールドで活躍するプロフェッショナルが敬愛する道具は一体どんなものなのか? 日頃使っているツールを持ち寄って、語り合ってもらった。


3人が集まったのは、原川慎一郎さんが運営するレストラン〈ザ・ブラインド・ドンキー〉の厨房。初対面ながら、話題は次々に展開。道具との出会いから、こだわりの調理法に至るまで、キッチン道具好きの男たちが、3時間ノンストップで話し続けた。

原川慎一郎
僕がこの厨房で使っている調理道具は、どこでも簡単に手に入るものばかり。見ていても、それほど特別面白い道具はないでしょう? このレストランだけでなく、いろんなところに出向いて調理する機会も多いので、この道具じゃないと料理できないというほどのこだわりはないんです。
熊野亘
厨房といえばステンレス製のものが多い印象ですが、原川さんのところは、鉄、木、陶器などさまざまな素材の道具が揃っていますね。
原川
ここは厨房の様子がお客様にも丸見え。だから、機能が最優先ですが、金属製ばかりで冷たい印象にならないように気をつけています。
内田鋼一
僕はいま、三重県の多気町にキッチンツールのミュージアムを準備していて、世界中の古いキッチン周りの道具たちを調査中。「これってどんなふうに使っていたんだろう」と想像が広がるようなものを集めています。扉1枚分くらいあるまな板とか。
熊野
そんなに大きなもの、どうやって使っていたんでしょう?
内田
家畜まるまる1頭をその上で解体していたようです。地域や時代で道具もさまざまに変化しているのを見るだけでも楽しいですね。
熊野
特に日本は、全国各地にさまざまなもの作りの産地があって、いろんなキッチンの道具が作られている。こうした日本の多様なもの作りを、羨ましがっている海外のデザイナーは多いですよ。
原川
四季がはっきりしているので、旬の食材が土地ごとに存在し、調理法もいろいろ。それに準じて生まれた地域限定の道具もあるでしょう。
内田
僕がミュージアムを開設した萬古焼は、そういう意味ではちょっと特殊な成り立ちです。有田焼、備前焼など、日本の陶磁器は、土地で採取できる特殊な土をベースに生まれているため、大抵は地域の名前が焼き物にそのままついています。でも、萬古焼は「萬古不易(永遠に変わらない)」という言葉が語源。京都や伊勢の道中にある四日市界隈で文人趣味の道具を中心に作っていたのですが、その後土鍋や耐熱容器などの直接火にかけてもいいものに。当初から土も各地のものを配合した“工業製品のはしり”といえるものなんです。
原川
それは知りませんでした。僕はある料理家の方から教わった〈三鈴陶器〉の萬古焼ご飯鍋を使っているんですが、土が余計な水気を吸い取ってくれるせいか、炊き上がりの米はふっくらと張りがあって、粒が立っていてとてもおいしくなる。鋳物だと、白米を炊くと少し緩くて、どうしてもべちゃっとした仕上がりになりがち。リゾットには向いていますが。
内田
土鍋は、程よい気密性と高い蓄熱性に定評がありますからね。
熊野
しかし、土鍋のデザインって難しい。最近では、モダンなデザインのものもあるけれど、頼り甲斐のあるずんぐりむっくりさや土っぽさがまったく感じられません。大量生産のために型を製造し、個体差が生まれないようにする過程で、手びねりや特有の表情が失われ、土鍋の魅力である“揺らぎ”が消えてしまう。デザイナーにとっては心苦しいところです。
原川
僕が店で使っている土鍋は、益子で作陶している郡司庸久さんのもの。一点ずつ形が微妙に異なっていて、それぞれがとても魅力的。使い勝手も最高ですし、何よりもテーブルに置いたときの佇まいが素敵。

食材、調理法で使い分け。 鍋が違えば、味も変わる⁉

熊野
僕は鋳物の鍋を頻繁に使っています。一つは、ジャスパー・モリソンとともに僕が設計に携わった〈オイゲン〉のグリルパン。底の凹凸に余計な水気や油が落ちて、旨味がぎゅっと凝縮されます。キノコなどを軽くゆでてサッと焼くだけでおいしい。後はフィンランドの友人がプレゼントしてくれた〈イッタラ〉のキャセロール。
内田
それは僕も持っています。木製の取っ手が外れて、テコの原理で蓋を持ち上げられるようになっているのが機能的だし、なにより美しい。
熊野
内側がホウロウ引きになっているので、食材も焦げつきにくいです。
内田
あと、蓋のデザインが秀逸なのは、〈ダンスク〉のキャセロール。蓋の取っ手が十字形なので、裏返して置いたときにしっかりと安定してくれる。昭和初期、この形を模した日本製のものが出回っていたくらい。
原川
鋳物なら、ずっと〈ストウブ〉を使っています。耐熱性、保温性が良くて、焦げつきにくい。なにより蓋が重くて、密閉度が高いのでしっかり中まで火が通ります。ただ鍋の中が黒いので、食材がどの程度焼けているか、見づらいときがあります。その点〈ル・クルーゼ〉は白くて見やすい。
内田
女性は鋳物の鍋を重く感じるかもしれませんが、そのままテーブルに出してもサマになりますし、調理やセッティングに応じて、サイズや形を使い分ける楽しみもありますよね。
熊野
さっと炒めたりするときには、小ぶりの中華鍋を使います。
内田
ソースやたれを回し入れるにも、中華鍋は便利ですよね。
原川
僕は〈ロッジ〉のスキレットを何個も使っています。油馴染みがよくて、食材がくっつきにくいのがポイントです。ただし、かなり重いので振りながらの調理はできません。
内田
でも、アルミ製のフライパンもお持ちですよね。
原川
はい。さっと火を通すなら、断然アルミ製です。特にパスタはゆで上がってからソースを絡める1〜2分が味の勝負なので、欠かせません。
内田
見た目は格好よいですが、頻繁に料理をする人でないと、アルミ製は難しいかもしれませんね。メンテナンスを考えたら、テフロン加工のものが便利なんでしょうね。
熊野
僕は殺菌性があると聞いて銅製のケトルを使っているんですが、一晩水を入れて翌朝沸かすと味が違うように感じます。
内田
熱伝導が良くて、沸騰時間が早いので僕もミルクパンは銅製です。
原川
一時僕も銅鍋を使っていましたが、薄手で手入れも面倒なので、次第に使わなくなってしまった。でも、金属によって熱伝導が変わりますから、食材への火の入り方が異なり、味が違うのはたしか。
内田
ステンレス製は使いますか?
原川
食材がくっつきやすく、油も跳ねるので、炒めたり、焼いたりはせず、ゆで料理なら使いますね。
熊野
鏡面仕上げのステンレスは、素材の表面に細かな凹凸がないため、油馴染みが悪いのでしょう。
内田
〈土楽窯〉の福森雅武さんの土鍋は、焼き調理にも応用できますよ。すき焼きや土手鍋をするのはもちろん、焼きそばを作ったりもしています。
原川
つい、鍋の話で盛り上がってしまいましたが、ほかの調理器具はどうでしょう?
熊野
以前、サラダサーバーをデザインしたことがあるんですが、パッケージの都合で、柄をあえて短めにデザインしたら、これが好評で。
原川
長い柄のサラダサーバーは、たしかにバランスが取りづらくて、アスパラガスなどの細長い食材を取ろうとするとくるりと回ってしまって、うまくキャッチできないことがある。
熊野
長い柄は、大きめのサラダボウルに差して安定するように設定されているのでしょう。僕のサーバーは、日本の木杓子をヒントにデザインしたのですが、柄が短い方が先端まで力が伝わりやすいと思うんです。
原川
木製へらなら、〈宮島工芸製作所〉のターナーも愛用しています。お世話になっている広島の農家さんが、宮島工芸製作所で出た端材を土に混ぜて腐葉土として使っていることをきっかけにいただいたのですが、握ったときの感触と安定感がとても良い。
内田
宮島工芸製作所の返しヘラも良いですよ。もともと、宮島はしゃもじの生産で知られており、バリエーションも豊富。僕は左利きなので、左利き用があるのは嬉しい。
熊野
チャーハンを作るときに、木杓子を使うんです。1本の木から削り出したものなので、ぎゅっと押しつけても安定感がある。かなり使い込んだので、裏側は焦げちゃってますけど。
内田
木のへらやおたまは、食材へのあたりも優しいですよね。岐阜・飛騨高山の有道杓子は海外の友人へのプレゼントの定番。武骨な形が魅力的です。
原川
使用頻度が高いのは、金属製のトング。食材をかきまぜるのはもちろん、盛り付け時にも活躍します。
熊野 フライパンや鍋を傷つけることもないので、先端がシリコン製のトングを好んで使っています。ワンタッチで閉じてロックできる仕組みは、収納時や食卓で使うときに必須です。

料理人の性格を表す ナイフと保存容器。

原川
出張料理をするとき、現場にある調理器具を使うのが基本ですが、必ず持参するのが〈オピネル〉のペティナイフ。フランス修業時代にオーナーシェフが使っていたのをきっかけに購入しました。
熊野
フレンチのシェフがペティナイフを器用に使っている姿をドキュメンタリー番組で見て感動し、購入したのがドイツの〈ヴォストフ〉のもの。持ち手が樹脂でそれほど高価ではないけれど、切れ味がまったく衰えません。
内田
ジャーマンスチールは昔から堅牢性に定評がありますよね。僕は〈シュミッドブラザーズ〉の三徳包丁で、柄がチークのものを持っています。
熊野
(厨房に置いてあるビクトリノックスのナイフを指差しながら)この細長いナイフは魚用ですか?
原川
魚はもちろんですが、刃先が細くて軽量なので、骨付き肉をさばくときにも使い勝手が良いです。ペティナイフとこのフィレナイフで、大抵の調理ができます。
内田
自宅にあるのは、多目的に使える三徳包丁オンリーだな。〈シュミッドブラザーズ〉のほかに、〈有次〉も使っています。
熊野
〈ヨシタ手工業デザイン室〉のピーラーも好きです。代表の吉田守孝さんは、柳宗理さんに師事されていた方で、キッチンツールをはじめとした日用品のデザインをさまざまに手がけられています。手馴染みが良くて、機能的。ねじをドライバーで外せば、分解して隅々まで洗うことができるので、衛生的に使い続けられるのが良い。同じデザインの千切りピーラーは、きんぴらやシリシリを作るときに活用しています。
原川
分解できるものといったら、新潟県三条市の〈鳥部製作所〉のキッチンバサミ。刃を一定の角度まで開かないと分離しない安全設計。さらに接合部まできれいに洗浄できるので、常に清潔を保てます。
熊野
みなさん、まな板はどうでしょう? 僕は家具の製造で余ったアッシュの端材を適当な大きさに切って使っているんですが。
原川
僕も市販のものは使っておらず、端材がほとんどですね。
内田
昔は大きいサイズを好んでいましたが、最近はテーブルにそのまま出すことを考えて、小ぶりのものが多いかな。〈東屋〉のカッティングボードはデザインも豊富で、使い分けられるのが良いです。それから、お気に入りの道具として、金森正起さんが作ったホウロウボウルがあるんですが、お2人はボウルや保存容器にこだわりはありますか?
熊野
定番ですが、柳宗理さんがデザインしたボウルはずっと使っています。一番大きな27㎝は、ほかのサイズに比べて開きが緩やかで懐も深いので、作業がしやすい。スポンジケーキの生地だけを購入し、このボウルで生クリームをホイップしてのせて食べるのが好きです。
原川
うちで使っているボウルやザルは、すべて業務用ですね。使用頻度が高く、数も必要なので、とにかく丈夫で安いものを選んでしまう。
熊野
あと、〈無印良品〉のホウロウ保存容器はスタッキングがしやすくていいですね。自家製のトマトソースを入れておいても色移りしないし、直火にかけて調理することもできます。
原川
厨房で使っているのは、角形のステンレスポット。一時的に食材を入れておくことが多いので蓋はなく、ラップをかけて置いてあります。一方で、調味料ドイツの〈ウェック〉のガラス容器に入れています。専用のゴムパッキンと留め金を使えば、完全に密閉することもできますからね。
内田
同じドイツのガラス容器ですが、〈ツヴィーゼル〉のエッグコドラーを使っています。これはいまから90年ほど前に、バウハウス出身のデザイナーが手がけたもので、従来は半熟卵を作るための道具。僕は大きめのサイズのものを購入して、保存容器代わりにしています。蓋を密閉する必要がなければ〈小泉硝子製作所〉のガラスキャニスターもおすすめかな。
熊野
実は、最近蒸し料理にはまっていて、せいろになんでも入れて調理しているんです。
原川
蒸気での加熱は、食材の栄養分が残り、味もぎゅっと凝縮されていいですよね。僕もせいろは頻繁に使っていますよ。
内田
堅くなってしまったパンをせいろに入れれば、ふっくらやわらかに。電子レンジの代わりにもなります。
熊野
上の段に豚肉を、下の段には野菜を入れれば、豚の肉汁が野菜に垂れてさらにおいしくなる。
内田
うちには陶器を焼くための大きな窯があるので、素焼きのときの余熱で食材を温めたり、軽く焼いたりすることがあります。
熊野
それは誰も真似できない(笑)。陶芸家の特権ですね。
原川
以前にパン窯で調理をしたことはありますが、それとは規模が全然違いますね。どんなふうに焼けるのか、一度トライしてみたいな。

「用の美」に求められる 堅実な機能と形。

原川
改めて振り返ると、料理家が監修したものやデザイナーが手がけたものは、あまり使っていませんね。
熊野
キッチンツールに求められるのは、「用の美」。自然な感覚で手が伸ばせるものであるためには、飽きがこない存在でなければなりません。しかし、メニューや調理スペース、料理をする頻度によって求められる要素はまちまち。ある人にとって良いものも、ほかの人にとってはダメなこともある。
内田
時に料理は、火や刃物を使うので、危険も伴う。やはり道具は確実なものでないと。
熊野
現代の消費者は、素材が何で、それがどのように作られているのかにも興味を持っています。ブランドやデザイナーの知名度だけでは、もはや手を伸ばしてくれません。だから、僕も自分で料理をできるだけして、経験を重ねたうえで、機能性や利便性などを判別するようにしています。 
原川
それは料理の世界も同じことがいえるでしょう。素材や生産の背景に何があるのか、多くの人が意識的になっています。提供する側もそうした事実を理解したうえで、調理法を考えていますから。
内田
安くものを提供するための、大量生産、大量消費の時代はもうおしまい。信頼を抱き、納得ができるものにこそ心が動くのでしょう。
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熊野 亘●デザイナー

くまの・わたる/石川県生まれ。21歳のときにフィンランドに渡り、ラハティ応用科学大学、ヘルシンキ芸術大学大学院でデザインを学ぶ。2008年に帰国し独立。ジャスパー・モリソンとのコラボレーションも多数行う。

原川慎一郎●シェフ

はらかわ・しんいちろう/静岡県生まれ。東京フランスのレストランでの修業を経て、〈BEARD〉を開店。20
17年東京神田に〈シェ・パニース〉のジェローム・ワーグとともに〈the Blind Donkey〉をオープン。

内田鋼一●陶芸家、造形作家

うちだ・こういち/愛知県生まれ。愛知県立瀬戸窯業高等学校修了後、世界各地をしながら、修業を重ねる。1992年三重県四日市市に開窯。2015年私設美術館として〈BANKO archive design museum〉を開設する。

photo/
Masanori Kaneshita
text/
Hisashi Ikai
edit/
Wakako Miyake

本記事は雑誌BRUTUS910号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は910号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.910
キッチン(2020.02.15発行)

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