ライフスタイル

名建築家の考えた、革新的なキッチン。

No. 910(2020.02.15発行)
キッチン

建築家たちは時代の変化を受けながら、どのようにキッチンと向き合ってきたのか。 暮らしや技術の変化とともに考えられてきたキッチンの姿と、その歴史を紐解きます。

「住宅は住むための機械である」という名言を残した近代建築の巨匠、ル・コルビュジエは「台所は神殿とはいわないまでも、家の中で最も重要な場所の一つだ。台所も居間も人が生活する場所であるから」とも著した。「名だたる建築家が設計した住宅は、作品として意匠や構成が注目されがちですが、キッチン空間もこだわりの結晶です」と建築史家の須崎文代さんはいう。

 産業革命以降、手作業を機械装置に置き換える機械化の波がキッチンにも及ぶ。「同時に、効率よく仕事ができるように炊事の順序と設備の配置の仕方を見直し、調理、収納、道具類を体系的に整理することが20世紀初頭に学者たちによって提唱されました」と須崎さん。これを受けて建築家たちは、戸建住宅や集合住宅を通じて実践。「キッチンの近代化は、モダニズム建築が目指した合理性や機能美と合致して発展したのです」

 日本でも工業化とともに、キッチンは家政学の観点から生活改善運動の一環として注目された。須崎さんは「主婦が1人で炊事できるよう、コンパクトで効率的なキッチンが目指されました。流し台、調理台、収納、コンロを一体化させるシステムキッチンは、世界的に見てもいち早く成立した」と指摘する。戦後には建築家たちが小住宅を積極的に提案するなかで、キッチンや浴室、洗面などをまとめてプランの中央に配置することを考案。これは、機械設備の発達によって排気や給排水、採光が外壁面に接する必要がなくなったため。「今やキッチンは北側の隅に押し込められるのではなく、家の真ん中に陣取る存在」と須崎さん。

 そして外食や中食文化が浸透した現在、キッチンの役割は変わりつつある。須崎さんは「エネルギーを多く消費するキッチンのあり方も見直され、“キッチンレス”の住まいが普及するかもしれません。一方で味噌や漬物などをつくる場として土間のあるキッチンが重宝されたり、地域性や共同性の需要からシェアキッチンやソーシャルキッチンも広がりを見せています。追求される豊かさに応じて、さらに新しいキッチンが建築家たちによって生み出されるでしょう」と予測する。

ル・コルビュジエ

1934年に建造されたアパルトマン最上階の自宅兼アトリエでは、コルビュジエの妻イヴォンヌがほとんど歩かずに1人で炊事を行えるようなコンパクトなキッチンを設計。外気を取り入れられるガラス窓に加えてガラスブロックを通して外光が十分に入る明るい空間。また、金属板の流し台と白タイル張りの壁と床が、モダニズムを象徴する。収納として、廊下との間で出し入れできるハッチ(給仕口)を設けた棚がデザインされている。

ナンジェセール・エ・コリ通りのアパルトマン

ピューター(スズを主成分とする合金)が目を引くキッチンは、中庭に面した窓から採光と通風を得る。

パリ市内に建てられたアパルトマンの最上階にある。

シャルロット・ペリアン

コルビュジエが設計した集合住宅〈ユニテ・ダビタシオン〉のうち、1952年に竣工したマルセイユが最初のもの。キッチンの設計は、家具などでコルビュジエと長年にわたって協働し名作を残したシャルロット・ペリアンによる。4.7㎡の限られた面積のなかで、コの字形に機器や設備をコンパクトに効率的に配した。コルビュジエが提唱した基準寸法システム「モデュロール」に基づいて、建物全体から細部までが設計されている。

ユニテ・ダビタシオン

キッチンの作業台から壁面まで金属板で覆われ、共有部の中廊下側には食品配達に対応できる給仕口が設けられた。

マルセイユ市内に立つ、18階建ての集合住宅。

マルガレーテ・ シュッテ=リホツキー

ドイツ建築家エルンスト・マイは、ジードルング(集合住宅団地)のキッチンのデザイナーにマルガレーテを起用。炊事作業の動作についての研究をもとに「フランクフルト・キッチン」と称する、コンパクトで合理的なキッチンを1926年に実現した。流し台と調理台が一続きのデザインで、周囲の壁面には食器、粉類、調味料などを入れる収納家具が丁寧に計画され、一部の壁面には折り畳み式のアイロン台がしつらえられている。

フランクフルト・キッチン

調味料などを分類して保管する容器が食器棚に造り付けられているほか、電気オーブンや調理台も設置。

一般公開されている〈エルンスト・マイ・ハウス〉。

藤井厚二

「真に日本の気候・風土に合った日本人の身長に適した住宅」を生涯追い求めた、藤井厚二の実験住宅の集大成として知られる自邸で、1928年に竣工。和と洋の折衷や、快適な室内環境が追求されている。キッチンでは大きな開口部を持つ白タイル張りの壁に沿って、流し台と調理台を一続きに配置。収納棚や柱、廻り縁、天井は白く仕上げられた。食堂との間には、ハッチを収納棚の一部に造作。近代的なキッチンを実現している。

聴竹居

広さ約13㎡のなかに、調理台と流し台が連続してつくられた。調理台上の天井には排気口が。流しの横にはダストシュートが設置された。

京都の天王山の麓に立つ。

土浦亀城

1935年に建てられた、モダニズムの木造住宅。吹き抜けとスキップフロアによる連続した空間に、隅々まで工夫が凝らされたシステムキッチンがつくられた。アルミ製ダブルシンクには水と湯の混合水栓が付けられ、ガスレンジ、ガスの冷蔵庫、レンジフードなど、当時の最新設備を設置。配膳台とまな板を仕込んだ造り付けの食堂戸棚、電話台なども画期的。作業する手元が明るくなるようシンク前にはガラス窓が設けられた。

土浦亀城邸(1935年)

アルミ製のシンクとカウンタートップ、白い造り付け収納とタイルが、機能的で洗練された印象を与える。

白い箱形をした外観が特徴の、土浦2つ目の自邸。

菊竹清訓

菊竹清訓が設計した自邸で、1958年に竣工。空中に持ち上げた10m四方の居住空間のうち、平面の中心を正方形の居室として、その四周を取り囲む回廊部分に水回りを配置している。台所、風呂、トイレの諸設備を、生活の変化に合わせて移動が可能な「ムーブネット」としてデザイン。建設当初は夫婦2人のための住居であったが、その後に子供用のムーブネットの増設やキッチンの移動など、生活の変化に合わせた更新がなされた。

スカイハウス

居室の外周に沿って設けられ、流し台、調理台、ガスレンジ、戸棚、換気扇などが一体に。

4枚のコンクリート壁でワンルーム空間を高く掲げるように支える。

〈メカニカル・ウィング〉 バックミンスター・フラーが1940年に設計。キッチン、風呂、トイレの水回りの装置をトレーラーで運搬可能にし、どこでも文明的な生活が営めるようにした。

〈コアのあるH氏の住まい〉のプラン 増沢洵が、1953年にワンルーム空間の中心に設備ゾーンの「コア」を配置する「コア・システム」を日本で初めて採用した木造平屋建て住宅。

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話を聞いた人

須崎文代さん

すざき・ふみよ/建築史家。神奈川大学工学部建築学科特別助教、博士(工学)。神奈川大学日本常民文化研究所所員、非文字資料研究センター研究員。近著に『台所見聞録 人と暮らしの万華鏡』(共著、LIXIL出版)。

illustration/
Sho Fujita
text/
Jun Kato

本記事は雑誌BRUTUS910号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は910号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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