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田根 剛×齊藤太一 大地とつながるキッチン。 お手本は縄文の台所です。

建築家と料理好きは、 理想のキッチンをどうつくったのか。

No. 910(2020.02.15発行)
キッチン
2018年に竣工した造園家・齊藤太一さんの自邸。設計は田根剛さん。キッチンは土壁とガラスと植栽に囲まれた半地下にある。中2階の左奥が玄関。「仕切りがないのでキッチンにいれば家全体を見渡せます」と妻の優子さん。

理想は、料理することが恋しくなるキッチン。

「山の水を汲み、洞窟で火をおこして煮炊きしていた縄文時代を思わせる、キッチンの原点に立ち返りたかった」と語る齊藤太一さん。〈GYRE.FOOD〉や京都新風館など、話題スポットの植栽を次々手がける人気造園家だ。「わかるわかる。僕も縄文人の住居みたいな、自然と一体化した空間に惹かれます」と、これまた縄文推しなのは、世界的に活躍するフランス在住の建築家・田根剛さん。いや、実際に完成したのは、フレンチヴィンテージ家具が並ぶ洒落たキッチン空間なのだけれど。

「田根さんが新国立競技場のコンペに出した古墳のようなプランにぐっときて、自宅の設計を依頼した」と言う齊藤さんの家は、東京世田谷の等々力渓谷を望む傾斜地に立っている。斜面をさらに掘り下げた半地下が、キッチンのある1階。東向きのカウンターに立って大きな窓ガラスの向こうを見ると、目線と同じ高さに地面や木の根っこがあり、50種以上の草木からなるジャングルがもりもりと広がっている。

「すぐ近くが渓谷で、建物の周りには湿気を含んだ植物や盛り土をした庭がある。その湿潤な景色を間近に見ながらシンクで水を使っていると、山の水や朝露で料理しているような気分になるんです。たまーにですけどね」

 と笑う齊藤さんは、忙しくても家族の朝食を作り、最新キッチン家電にも目がない料理好き。田根さんもフランスの自宅では、マルシェで魚を買い無心に料理する時間が何よりのリラックスだと言う。そんな田根さんいわく「僕たち2人とも、キッチンに必要なのが機能性だということは理解しています。でも今回優先したのは自然とのつながり。キッチンが、料理を作って食べるという原始的な喜びを生む場所であることを再確認したかった。機能的な厨房より、料理する時間が恋しくなる場所をつくりたかったんです」。

 例えばコンロ周りの土壁。敷地から掘り出した土を使っていて、このキッチン空間が大地に埋もれていることを強く感じさせる。茶色のカウンターは、モルタルと樹脂を混ぜたモールテックス素材。選んだのは齊藤さんだ。

「シンクの中もモールテックスにしてもらいました。使い勝手でいえばステンレスが正解なんだろうけど、ウチは玄関が中2階で、家に入った誰もがキッチンを見下ろすことになる。どんなにプリミティブな厨房をつくっても、ステンレスのシンクが見えた瞬間に、現実へ引き戻される気がしたんです」

 シンク向きの材でない分、せっせとオイルで手入れすることで、雨風にさらされた石のような質感になってきた。
 収納もしかり。炊飯器やジューサーをカウンターに置くと窓からの眺めを遮ってしまうため、キッチン隣の通路に家電や食器の収納棚を造り付けた。行き来はちょっぴり面倒くさいけれど、一目瞭然のオープン棚にゆったり並べたそれらは、見た目も美しいし使いやすい。「自然とつながるキッチン」という一点突破的な思い切りが、予想外の心地よさを生み出したのだ。

 プリミティブな空間に産業革命の頃のヴィンテージ家具を合わせているのも心にくい。インドのチャンディーガルで作られたピエール・ジャンヌレのダイニングチェアに座り、齊藤さんが料理する姿を見ていた田根さんは言う。

「窓の外の自然をどこからでも見渡せるよう、空間を仕切らなかったんです。だから、ダイニングに座ると料理している人の背中が見える。この風景がたまらなくいいですね。朝日を浴びて料理する両親の後ろ姿を、ダイニングで待つ子供が見てるって、幸せな風景の原点じゃないですか。料理する人も、目の前に土と緑があり、後ろから聞こえる誰かの声で安心する。作って食べる時間が愛おしく思えます」

斜面を掘り下げて周囲に盛り土をした東の庭から、半地下のキッチンを覗く。「土の下で暮らしながら料理する感じ」と齊藤さん。右側から伸びるのは手元を照らす可動式照明。

ダイニングの棚にはバーナード・リーチの水差しやフランスの花器。右下の茶碗は齊藤さんが大注目している陶芸家ピーター・カラス。

キッチンから書斎への通路を収納スペースにしている。炊飯器やコーヒーメーカーなど毎日使う家電と普段使いの食器は、奥行き28㎝のオープン棚に。一目で見渡せて収納量もたっぷり。取り出しやすくしまいやすい。

中2階の玄関を入って階下を見ると、こんな感じ。石のような風合いのカウンターやシンクは、モールテックスという素材を左官で仕上げたもの。シンクの奥行きは60㎝と広め。

ダイニングには田根さんがデザインしたテーブルとピエール・ジャンヌレの椅子。奥の土壁の裏が収納棚(写真3)。

多角形の塔のような木造3階建ての1階東側にキッチンを配置。キッチンから書斎への通路に家電などの収納棚を造り付けた。カウンターは幅5m、高さ90㎝。窓からの眺めを生かすべく、カウンターより上に収納はナシ。

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田根 剛
たね・つよし/1979年生まれ。パリを拠点とする建築家。土地が持つ記憶からつくる建築で世界的に評価される。代表作は〈エストニア国立博物館〉など。改修を手がけた〈弘前れんが倉庫美術館〉は今年4月開館。

齊藤太一
さいとう・たいち/1983年生まれ。造園家。植物の販売や造園を手がける〈SOLSO〉のほか、都市農業や商業空間のプロデュースも。田根とは表参道の〈GYRE.FOOD〉でコラボレーション。〈DAISHIZEN〉主宰。

photo/
Norio Kidera
text/
Masae Wako

本記事は雑誌BRUTUS910号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は910号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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