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国籍も年齢も非公開。ミュージシャンNenashiの音の届け方。

BRUTUSCOPE

No. 909(2020.02.01発行)
もっと おいしいコーヒーの教科書

プレイリストが主流のリスニングスタイルだからこそ音楽のアイデンティティが浮き彫りになる事実。

 最近、HONNEやMURA MASAなど日本語の響きに惹かれて命名するUKやUSのミュージシャンが、音楽性の新しさも相まって、感度の高いリスナーを魅了している。今回紹介するNenashiの由来は“根無し草”。だが、彼の場合、アメリカ、ブラジル、韓国、日本、カザフスタン、フランス、イギリス、ドイツetc.を転々とするシンガー、ラッパー、プロデューサーという情報以外、国籍も年齢も非公開のミュージシャンだ。

「シンプルに音で判断してほしいんです」という彼のスタンスはリスナーの視聴体験がサブスクリプションサービスに移行した現在、親和性が高く、Apple Musicの「今週のNEW ARTIST」や世界に50万人のフォロワーを持つSpotifyのプレイリスト「Butter」などがフックアップ。デビューシングル「Lost in Translation」はアメリカ、日本、チリ、台湾など各国・地域のプレイリストに入り累計50万回を超える再生を記録。エレクトロニックでチルなR&Bとも、アブストラクトで浮遊感のあるシンセポップとも言える、ジャンルの境界線が溶ける音楽性。その原点は“歌”だという。

「そもそもは歌が歌いたかったみたいです。3歳頃から祖母に“歌をやりたい”と話していたようで。その後、ブラスバンドでサックスを担当したのですが、音感的に口の中で音を作る面白さは歌うことに影響を与えたと思います」

 アメリカでの生活が長いというNenashi。飛び入りでステージに立つオープンマイクにフリースタイルで参加したり、ゴスペルを歌ったり、ブラジルでは毎週開催される200人規模のストリートパーティで、共に歌ったり。

「カザフスタンは英語を話せない人が多かったのですが、ジャズのスタンダードや、簡単なコードならお互い聴きながらセッションできたんです。共通の言語がなくてもできる、それは不思議だし、すごいことだと思いました」

 匿名的な活動をするためのアーティストネームというより、スタンスそのものが根無し草なのかもしれない。

「よくそう言われます(笑)。“フラフラしてそう”って。友達でも共演したミュージシャンでも、コミュニケーションが成立しやすいのは価値観が近い人だと思うんです。なので、別の場所で友達になった人の住んでいるところに行ったり。それぞれの国でミュージシャンをしている人に会いに行くことが多い。もちろん、そこでトラックを作ることもありますね」

 根無し草的に世界の都市に滞在し、現地のミュージシャンやトラックメーカーと仕事をしている彼だが、核にある影響の源として挙げたのは90年代後半のソウルシーン、とりわけディアンジェロの名前だ。

「当時のヒップホップとR&B、ソウルとジャズの中間というか、“もうそれが正解!”という存在でした」

 ヒップホップだけでなく現行のジャズシーンやエレクトロニックミュージックにも影響を与えたJ・ディラ、10年代以降ではジェイムス・ブレイクの影響も。国籍や年齢を明かしていなくても、音楽的なアイデンティティは彼の音楽に表れ、また、彼の楽曲がセレクトされているプレイリストにも自然と滲み出ている。

「僕自身のアイデンティティはあるようでないように振る舞っていますが、もちろんメッセージはある。それは聴く人がどんな顔でどこに住んでいるとか、文化の違いを取っ払ってもこういう価値観が伝わる人は世界のどこかにいるんじゃないかな? ということを音楽で言いたいのだと思います」

『Lost in Translation』デビュー曲。コミュニケーションがうまく噛み合わない関係性を表現。

『Satellite Lovers』2ndシングル。「この曲で世界中の遠距離恋愛をしている人たちの背中を押せたら」

Nenashiが選ぶ、ここ10年で心酔した3枚のアルバム。

Bilal『Airtight's Revenge』

「2010年代という意味でディアンジェロ不在の時期にシーンを担っていたと思う。グラスパーなど、ジャズのシーンからも尊敬されていますね」

Moses Sumney『Aromanticism』

「両親がガーナ出身でチャーチの人だからか演奏が神々しい。ステージプレゼンスも“俺は皇帝だ”という感じでゾクッとするというか」

Kendrick Lamar『To Pimp A Butterfly』

「すでにキングの道に上り詰めてる途中にミュージシャンシップ(本作にはグラスパー、サンダーキャットら多数参加)を示すのがすごいと思う」

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Nenashi

ねなし/国籍、年齢不明のシンガー、ラッパー、プロデューサー。世界各地のアーティストとコラボレーションし、アルバムも制作中。東京大阪で開催される『origami SAI』に出演。

text/
Yuka Ishizumi
edit/
Yuka Uchida

本記事は雑誌BRUTUS909号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は909号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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