エンターテインメント

デジタルの時代に「手紙」を描くということ。

BRUTUSCOPE

No. 909(2020.02.01発行)
もっと おいしいコーヒーの教科書

『Love Letter』から25年。言葉はどんなふうに変化したのか。

交錯する手紙から、登場人物たちの人生が浮かび上がる岩井俊二監督の最新作『ラストレター』。「便箋歌」など、手紙をモチーフにした歌を歌うクラムボンの原田郁子さんと、手紙と表現について語っていただきました。

岩井俊二
僕は一時期、クラムボンを朝から晩までまとめて聴き続けていた期間があるんです。実はそれが『ラストレター』の脚本執筆中でした。
原田郁子
ええ! そうでしたか! そうだったんですね。
岩井
ある程度書いたものの、どういう物語なのか焦点が定まらない、一番辛い時期でした。そのゾーンに入ってしまうとメンタルが削られて、呆然とするしかない日が何日も続きます。3年前のクリスマスの頃で、ロサンゼルスのホテルに籠もっていたのですが、街から人はいなくなるし、一人取り残されたようで(笑)。そんなときにクラムボンを聴いて、こんなに美しいものを作っている人がいるんだ、今日も頑張ろうと励みになりました。
原田
嬉しいです。ありがとうございます。『ラストレター』を拝見してから、手紙について考え続けています。私は手紙を一度で書き切れることがなくて、何回も書き直します。振り返ったり、相手のことを考えたり。そういう時間をいま、ほとんどなくしていることに気づいて愕然としてしまいました。
岩井
書く機会は減りましたよね。
原田
手紙は書き手がいなくなっても、その人の文字、書かれた当時の紙が残る。経年変化を持たないメールとは、記憶のされ方が違います。この映画は、手紙を書いたり受け取ったりする「時間」が主役の物語なのかもしれないと思いました。主人公たちの現在と過去が絡み合いますが、書き進めていくうちに、物語がつながっていったのですか?
岩井
やはり書き「広げて」いくことが大事なのかなと思います。ピースが足りないうちに総括しようとすると無理が出てくる。僕はエピソードから考えていくことの方が多いです。俯瞰ではなく、グーグルマップのストリートビューのような縮尺で、目の前で起きているライブな出来事をできるだけ縮小せず、時に拡大する気持ちで書き留めようとします。
原田
頭のなかに映像があるのですか?
岩井
漠然とした、夢みたいな感じでは浮かんでいますね。
原田
そうなんですね。映画やドラマの手紙の場面で、最初は受け取った人の声で、途中から書いた人の声に変わって読まれることがありますよね? 私もソロの歌は手紙を読むような感覚、普段の話すトーンで、誰かに手紙を書くようなことができたらいいなと思っているんです。
岩井
わかる気がします。今回の映画では、ある事情によりスマホが使えなくなって、手紙を使わざるを得ない状況になるという、SF的な設定にしました(笑)。この仕掛けを作ることで面白いファンタジーが生まれた気がします。ただ、撮ってみて改めて思ったのは、登場人物が文面を読み上げる行為が、手紙ではうまくはまるのですが、LINEやショートメッセージの文面に声を重ねると違和感が出てくるんです。あれは何なんだろう?
原田
なぜなんでしょう?
岩井
手紙だって文字しか書いてないのだから、本来、声はついていないはず。でも、本人や読み手の声で読ませても、自然に見られます。それが、スマホの「いま何してる?」「どこ行く?」というような言葉に声をつけるとわざとらしく感じてしまう。そんなふうには聞こえていないんです。映像でギリギリ収まるのが、受け手が読みながらぼそぼそつぶやく方法。ところが、中国の撮影でその手法を使おうとしたら、「中国では独り言は言わない」と言われて困りました。
原田
そうだったんですね。
岩井
スマホ画面の吹き出しの文章を見せておく方が説得力はあるけれど、それだけを映像で流しても……。今後、スマホのコミュニケーションを映画に撮ろうとしたら、外の世界の描写はいらなくなるんじゃないか、なんて(笑)。この問題だけで討論番組が一本作れそうですね。
原田
作れますね(笑)。話し言葉や読み言葉に加えて、ネットで使う言葉はすでに新しい言語なのかもしれません。手紙や本を読むのと、スマホで読む言葉は伝わり方が違う気がします。速さの方が重要というか。
岩井
ああ、速度の問題かもしれない。ナレーションにすると、「いま何してる?」の声が、読むよりも遅く感じます。
原田
だからこそ、映画を拝見しながら、手紙って、なんてけなげなんだろう! と思いました。書くのにもものすごく時間をかけるし、届くまでも読むのにも、一つ一つに時間がかけられています。
岩井
指が覚えている時間というのもあるのかもしれません。文字を書くのにかかる時間と、ピピッとスマホで打つ速さ、この時間の差も関係している気がします。
原田
そのうち、もっと速くなるかもしれませんね。言葉は不要になって、スタンプみたいに一見で要件が伝わるような。
岩井
怖い時代になってきました(笑)。
©2020「ラストレター」製作委員会

『ラストレター』

監督・原作・脚本・編集:岩井俊二/出演:松たか子、広瀬すず、神木隆之介、福山雅治/姉の未咲の葬儀の帰りに、裕里(松たか子)は姉宛ての同窓会の案内を預かる。姉の死を告げるつもりで出た同窓会で姉に間違われ、裕里は姉のふりをして、初恋の相手の鏡史郎(福山雅治)と文通を始めることに。全国東宝系で公開中。

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岩井俊二

いわい・しゅんじ/1963年宮城県生まれ。95年『LOVE Letter』で長編映画監督デビュー。海外での映画製作も積極的に行っている。小説家、作曲家としても活躍。近著に『ラストレター』など。

原田郁子

はらだ・いくこ/1975年福岡県生まれ。クラムボンのボーカル・鍵盤担当。4月19日大阪服部緑地野外音楽堂で『LifeSign 2020』に出演。アルバム『モメント l.p.』がサブスク配信中。

photo/
Ayumi Yamamoto
text/
Tomoko Kurose

本記事は雑誌BRUTUS909号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は909号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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