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石切丸――木積康弘┃多くの人から寄せられた心に守られた、謎多き神刀。

刀と主

No. 908(2020.01.11発行)
刀剣乱舞

赤や黄に色づいた木々の葉越しにこぼれる光を反射して、木積康弘宮司の手の中で、《太刀 銘 有成(号 石切丸)》の刃が輝く。

「どなたかによって使われたこともあったでしょうし、研ぎ直すこともあったでしょう。いろいろな方々がこの刀を心にかけ、携わってくださったおかげで、1000年を経てもこうして目の前にある。そう思うと、実際の重量以上に重く感じます。畏怖、恐怖に似た感覚もあります。刀を“使う”と言うなら、それは人を斬ることにほかなりません。危ういけれども、だからこそ魅力的でもある、ということだと思います」

 生駒山麓に鎮座する、東大阪市の石切劔箭神社は、饒速日尊、その御子神の可美真手命を祭神とし、物部氏を祖とする木積氏が、現在まで107代にわたって奉仕してきた。石切、という名からして、刀剣と関係がありそうに思えるが、御祭神の神威が、岩を断ち割る刀、貫く矢のごとく強大であること、程度が甚だしいことを称えるための美称だという。

室町時代に一度社殿や宝物庫が焼失したため、石切丸がいつ、誰によって当社に奉納されたのかといった記録がなく、わからないのです。近代になってからも一度流出していますが、石切丸を新たに復元、奉納する『刀剣奉納プロジェクト』にご参加いただいた刀匠、河内國平先生のお父さまが尽力くださって、当社へ戻ってきたという経緯があります」

 鋼鉄から生まれた刀であっても、それを守る人の手や心がなければ、容易に失われてしまう。源義平(悪源太)、碓井貞光、後白河法皇など、歴史上に「石切丸」を持ったとされる人物は複数伝わるものの、いま石切丸の名を冠されるのは、本作のみ。

「それを守るためには、神社だけでなく、神職、氏子、崇敬者まで、多くの人の心を寄せていただくことが必要なのです」

石切丸

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宮司 木積康弘

こづみ・やすひろ/1968年生まれ。92年に東京藝術大学を卒業後、皇學館大学神道学専攻科を経て、2004年に石切劔箭神社に奉職。08年に宮司就任。伝統工芸を担う若手への支援も兼ね、作刀当時の石切丸を復元、復元刀と矢筒を奉納するためのクラウドファンディングを実施。

石切劔箭神社

病気平癒で信仰を集め、お百度参りに訪れる人が絶えない。●大阪府東大阪市東石切町1−1−1☎072・982・3621。参拝は24時間可。社務所・授与所・崇敬会館は8時〜16時30分。石切丸の展示は宝物館にて。2月1日〜3月1日、4月15日〜5月15日に開館予定。9時〜16時。

photo/
Junpei Kusaka
text/
Mari Hashimoto

本記事は雑誌BRUTUS908号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は908号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.908
刀剣乱舞(2020.01.11発行)

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