エンターテインメント

酒や食を突き詰めると、歴史や文化、芸術にも通じる。┃江口宏志●蒸留家

酒をめぐる冒険。

No. 907(2019.12.16発行)
危険な読書2020

本の世界に身を置いていた江口宏志さん。4年前にドイツに渡り蒸留技術を学び、17年、閉園していた千葉県大多喜町にある薬草園を借り受け、その翌年〈mitosaya 薬草園蒸留所〉をオープン。オリジナルのオー・ド・ビー(蒸留酒)を完成させたばかり。16,000㎡の植物に囲まれ読んだものとは。

『酔っぱらいの歴史』マーク・フォーサイズ/著 篠儀直子/訳

シュメールから古代エジプト、古代ギリシャの饗宴。イギリスでジンがもてはやされた時代、禁酒法時代など、ヒトが「酔う」文化についてウィットに富んだ語り口で綴った一冊。青土社/2,300円。

『「おいしさ」の錯覚 最新科学でわかった、美味の真実』チャールズ・スペンス/著 長谷川圭/訳

食べ物や飲み物を味わうときに、味覚以外の感覚や、環境、記憶が大きく味に作用することを細かく検証。実験心理学者の著者による、目から鱗の「ガストロフィジクス」
本。KADOKAWA/1,800円。

『酒の起源 最古のワイン、ビール、アルコール飲料を探す旅』パトリック・E・マクガヴァン/著 藤原多伽夫/訳

なぜ人類は酒を飲むようになったか。世界最古のアルコール飲料を求めて、著者は中国からシルクロード、欧州、アフリカを旅する。宗教、芸術、民俗学等にも触れた壮大な研究書。白揚社/3,500円。

『菜食主義者』ハン・ガン/著 きむ ふな/訳

平凡な妻だったヨンヘは突然肉を食べられなくなる。家族の心配をよそにヨンヘの欲求は動物的快楽から乖離し始めていく。常軌を逸した物語世界に静謐な筆致で誘い込む現代小説。クオン/2,200円。

『アブサンの文化史 禁断の酒の二百年』バーナビー・コンラッド三世/著 浜本隆三/訳

アブサンの魅力に取り憑かれ、人生を狂わせた19〜20世紀の芸術家たち。様々な逸話、アブサンが禁止された歴史、近年のアブサンの状況を、多くの肖像画や作品写真とともに解説。白水社/2,800円。

『世界は食でつながっている』MAD/著 中村佐千江/訳

デンマークのNPO団体MADによる、「食材と人が行き来すれば食は豊かになる」という観点でまとめられたエッセイ集。世界の食を捉えた写真も楽しい。KADOKAWA/2,900円。

*

江口宏志

蒸留所ができるまでは「何を造るか」を考えていましたが、日々お酒を造るようになった今は、「なぜ造るか」という方に興味をそそられます。

『酒の起源 最古のワイン、ビール、アルコール飲料を探す』は、考古学者の著者が酒の歴史を紐解きに世界中をします。そして、中国の買湖遺跡の土器から、最古のアルコール飲料の痕跡を見つけた。面白いのは、遺跡や文献をもとに、当時飲んでいたものを実際に再現してみせるところ。サンザシの実とマスカット、蜂蜜、米と日本酒の酵母で造ったみたいです。腐敗するものを保存するために生まれたお酒が、生活の楽しみになり、階級社会を成立させる道具にもなる。お酒を通して人間の生活が垣間見えて、親しみが持てます。

〈mitosaya 薬草園蒸留所〉では、日本のフルーツや植物を使い、蒸留酒を造りますが、園内で栽培している植物に限らず、農家さんに提供していただいたものや、野生のや実も積極的に使っていろいろ試しています。初夏には、大多喜町の民家の庭の梅を収穫させてもらい、その梅を発酵・蒸留したお酒を造りました。自分のクリエイティビティを追求するというよりは、お題をいただいてそれを形にする方法を考えている感じです。どんな植物も原理的には、お酒にできますが、おいしくできるかどうかは別問題(笑)。失敗することもあります。「自然からの小さな発見を形に」をモットーに、小さな驚きをなにかしら表現したいと思っているんです。

 その製造過程で参考になったのが『「おいしさ」の錯覚 最新科学でわかった、美味の真実』。味は、舌だけでなく、視覚や嗅覚など様々な要素に左右されて認識されるということを綴っているのですが、「香り」の章は腑に落ちました。僕らが造っている蒸留酒も、糖分はほとんどないのに、飲むと甘さを感じる。それは、口に含んだときに鼻や喉の奥から吸い込む香りによって、脳がそう感じさせるんです。

 この本のなかには、手触りや雰囲気による味への影響も書かれていますが、パッケージも含めた見た目の大切さを学んだのは、ドイツで修業をしたときでした。僕の師匠のクリストフ・ケラー氏はもともと出版社を営み、編集からデザインまですべて行っており、蒸留所〈スティーレミューレ〉を立ち上げたときも、ボトルやラベルのデザイン、サインの入れ方までこだわっていた。〈mitosaya〉でも「マリナーラ」というオー・ド・ビーを造りましたが、それはトマトの蒸留酒にシナモンバジル、オレガノを漬けたもの。ラベルは、トマトを煮出したほんのり赤い蝋で留めました。「トマトのお酒」とストレートに表現するよりも、名前や箱、ラベルから、中身を想像しながら、自分で「おいしさ」に辿り着く。その過程が楽しいんじゃないかと思っています。

芸術家たちの物語を 含めて魅力のアブサン。

ストーリーが多くあるのはアブサンですよね。ニガヨモギを使った蒸留酒で、二十数年前まで禁じられていたお酒でした。『アブサンの文化史 禁断の酒の二百年』は、ボードレールやゴッホなど、アブサンにまつわる芸術家たちの逸話や、歴史を集めています。アブサンが危険視されていたのは、当時はアルコール中毒の概念がなかったから。香りもよく飲みやすいので、飲みすぎにより身を滅ぼしていたんです。今は、ツヨンという成分を規定量以下にしていれば、問題ないとされています。とはいえ、アブサンのアルコール度数はかなり高い。僕たちも「草根木皮」という名の日本の素材を使ったアブサンを造り、10月フランスのアブサン発祥の地で行われたコンテストに出品しました。大歓迎されたのですが、滞在中、朝から晩までアブサンずくめだったのは正直キツかった(笑)。

 さて、人が酔っ払うことに焦点を当てた一風変わった人類史が、「『酔っぱらいの歴史』です。古代エジプトでは男女が吐きながら飲んでいる様子が壁画に残っていて、酔っ払うために飲んでいたらしいとか、どんちゃん騒ぎの翌朝、皆が寝ているところを大きな音で叩き起こして、頭が朦朧としている間に女神を見せて信じさせたとか(笑)、ほかにない視点が満載です。

『世界は食でつながっている』は、国や文化は違っても、世界のあらゆる地域で同じような食を共有しているということを示したエッセイ集。MADという、〈ノーマ〉のレネ・レゼピを中心にシェフや食の研究家哲学者などが所属するデンマークのNPO団体がまとめた本です。パンで肉を巻く習慣や、食材など、食を突き詰めていくと、オリジナルなどない。独自性を懸命に探すと結果的に世界中の食につながるという話が、いろんな角度で語られるところが興味深いです。

 異色なところで最後に韓国の小説『菜食主義者』を。ヨンヘという女性がある日肉を食べられなくなる。次第に食事もとらず、動物的欲求をどんどん失い、光を浴びて植物のように生きたいと願うようになる。最初は奇異に見えますが、不思議と周囲の方がおかしいように感じてきます。食は社会的な行為でもあるけれど、究極は個人のもので、「ベジタリアン」の一言では片づけられない。食の本としても楽しめると思います。僕も大多喜町に移住してから、植物の力のすごさを日々実感しています。

エンターテインメントカテゴリの記事をもっと読む

Hiroshi Eguchi 

1972年生まれ。2002〜15年ブックショップ〈UTRECHT〉店主、09〜15年『THE TOKYO ART BOOK FAIR』の共同ディレクターを務める。18年に〈mitosaya  薬草園蒸留所〉をオープンした。

photo/Masaru Tatsuki text/Tomoko Kurose /

本記事は雑誌BRUTUS907号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は907号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.907
危険な読書2020(2019.12.16発行)

関連記事