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[11月1日公開] 仏映画界の巨匠ニコラ・フィリベールの新作『人生、ただいま修行中』

BRUTUSCOPE

No. 904(2019.11.01発行)
映画特集 いま観る理由

映画は人生。スクリーンの奥にある何かをじっと見つめることについて。

パリ・ルーヴル美術館の秘密』『ぼくの好きな先生』など、世界中で多くの観客に知られるドキュメンタリー映画監督ニコラ・フィリベールさん。1997年のカンヌ映画祭では審査員を務め、河瀨直美さんの作品にいたく感動したという。フィリベール監督の新作について語る2人の言葉には共通点がいくつもあった。

河瀨直美
ニコラさんは私をカンヌに導いてくださった恩人なので、久々にお会いできてうれしいです。当時、まったくの無名の新人であった私の作品を選んでくれた、その時に何をいいと思ってくださったのか……聞いてみたいと思っていました。
ニコラ・フィリベール
直美の作品のなかにあるポエジーにとても惹かれるんです。直美の作品に登場する人物というのは、どこかミステリアスであまり多くの言葉を語らない。世界に饒舌すぎる作品がたくさんあるなかで、少し控えめな直美の作品はとても好きなんですよね。
河瀨
ニコラの作品は常に過剰なアプローチをせず、その奥にある何かを見つめようとしている。そういう意味で私の作品もまだまだ稚拙なものだったと思いますが、ご自身の作品世界と通じるものを発見してくださったのかもしれないですね。
フィリベール
第1作というのは不器用な部分もあるんですが、だからこそ胸を打たれる。私自身、完璧にコントロールされた作品はなんとなく居心地が悪くて好きじゃない。試行錯誤をして、何かを見つけようとしている姿勢、ゴールに辿り着いていない作品が好きなんです。私自身がとても感動するのは、彼女の作品は決して社会的な問題を扱っているわけではなく、人間と自然、生きることや死ぬこととの関係性を通して、もっと大きな世界を扱っている。そういう意味で、私の作品に近いものを感じます。私の作品は、社会的だという方もいますが、本当に描きたいのはそこじゃない。社会を通して、人間や人間と世界との繋がりを描きたいと思っているのです。
河瀨
この映画でもそうですね。看護師の卵たちを映されているんですが、その社会における立場や労働環境といった話ではなく、彼ら自身の心模様や人間としての成長を物語にされている。
フィリベール
私はよく学びの場を撮影していますが、学びの中にいる人間というのはとても脆弱な存在です。これから未知の世界に飛び込もうと試行錯誤する、その姿には様々な感情が自ずと湧き出てくる。自分が抱える不安や怖さを乗り越えようと頑張る姿というのはとても美しい。その震えるような感情は、コントロールされた場所からは決して出てきません。直美の作品もそうだと思うけど、私は自分自身から湧き出る情動や好奇心から作品を撮り続けているんです。
河瀨
そうですね。今回、医療関係者をドキュメントにしようと思ったきっかけは、ご自身が病気になられたからなんですよね。何かが流行っているからテーマにするということではなくて、自分の人生の中に起こる偶然がテーマになる。
フィリベール
まさに。偶然は我々にとっての最良のアシスタント。偶然は脇にあってはいけないんです、それを活用しなきゃいけない。最近、本当にうんざりしているのは、すべての情報が可視化され、それを瞬時に求めようとしていること。映画っていうのはそれに対してレジスタンスしていかなきゃいけないと思う。観客というのは、余白があるからこそ想像力を働かせる。それこそが映画が観客に授けることができる美しいものだと思っています。
河瀨
映画は人生と同じです。一歩先は誰もわからない世界。どこに自分の足を踏み入れるのか、何に触れていくのかは、自分の感性。私たちは情報に踊らされている時間が多くなっていますが、そんな時間のなかで人生のような映画に出会うことは、とても大切なことだと思います。
フィリベール
本当に共感します。映画は何かの説明じゃない。「映画で伝えたいメッセージは?」と聞かれたらこう答えますね、「何もないね」と。
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『人生、ただいま修行中』

監督・撮影・編集:ニコラ・フィリベールパリ郊外にある看護学校を舞台に、“誰かのために働くこと”を選んだ看護師の卵たち40人を150日間静かに見つめたドキュメンタリー映画。学ぶ姿に胸打たれる。11月1日、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。

hair&make/Yoko Kizu photo/Manami Takahashi text/Keiko Kamijo/

本記事は雑誌BRUTUS904号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は904号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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