エンターテインメント

春日武彦先生の頭の中を旅するように『猫と偶然』の世界へ。

BRUTUSCOPE

No. 902(2019.10.01発行)
バンコク 見る、買う、食べる、101のこと。
穂村 弘(左)春日武彦(右)

サイコパス、老いをテーマにした著書に続く2019年の3冊目は、満を持しての猫エッセイ。

精神科医を続けながら作家として活躍する春日武彦先生の最新作は『猫と偶然』。猫との暮らしや思い出、猫が登場する作品から連想を広げていく断章集について、歌人の穂村弘さんと語り合う。

穂村弘 
本の冒頭から、物質電送機で雲散霧消させられてしまう猫やら冷凍されちゃった猫やら、春日さんらしいものが出てくる。だけど「わたしの余命が、猫の姿で見えている」とかね、これまでだったら照れが入って回避しそうな、センチメンタルで素敵な文章もあって、猫の影響力はすごいと思いながら読みました。
春日武彦 
ありがとうございます。穂村さんは『ユリシーズの涙』は読んでる?
穂村 
いや、全然知らなかった。
春日 
ロジェ・グルニエのエッセイ集なんだけどさ、内容が豊かだしなんとなく救いがある。どうしてだろうと考えてみたら、犬をキーワードにしているからなんだよね。犬からの連想となると、友人ポール・ギャリコの自殺も谷崎潤一郎のトリビアルなエピソードも等距離で並ぶじゃない。それが私にとっては救いのような印象になっているみたい。こういうやり方があるのか、じゃあ私は猫で書いてみよう、と『猫と偶然』を書いたわけ。
穂村 
春日さんがこれまで書いてきた本だと、奇想から奇想へ、奇妙なエピソードへ、と一冊のなかでどんどん味が濃くなっていくけど、この本では、誰しもが日常的なイメージを持っている「猫」という存在が味を引き戻してくれる。猫とソファを半分こして過ごす描写なんて、かつてこんなに幸福そうな春日さんは見たことがないぐらい。すごくよかった。
春日 
猫の力で肯定的になれました。
穂村 
それと偶然性だよね。飲みに行ったりディズニーランドに行ったりしたとしても我々はそれを幸せとしてカウントできない、そこに何かしらの偶然性が伴っていないと陶酔できない。そんな先生のもとへ猫が偶然を運んできてくれるようなイメージ。まさに『猫と偶然』。
春日 
いいタイトルでしょ(笑)。あとはさ、短い文章を書く喜びってあるじゃない。饅頭なんかに入っている小さい紙を読むと、これで生活してる人がいるんだというある種の存在感を感じる。あんなふうに、俺の人生についてのしおりを作ってみたくなったという感じなんだよ。

詩的な連想が連想を呼ぶ。 猫をめぐって想いがめぐる。

穂村 
「切なさ」についての動物ビスケットの記述があったけど、猫の形がないっていうところが妙に心に入ってくる。それなのに猫のカリカリは魚の形をしている、と続く入れ子感。全体的に、連鎖や連想が詩的に感じられて好きでした。
春日 
まぁね、猫みたいにはっきりしたもんがあるとやりやすいんだよ。
穂村 
4コマ漫画を言葉で書くっていうのも面白くてさ。あれは何?(笑)
春日 
最初は自分で絵を描こうと思ったのね。だけどそれもなんだし、誰かに描いてもらうのもわざとらしいように思えて文章だけにしたんだけどね。
穂村 
急に4コマ漫画が出てきても、猫で貫かれているからバラバラ感がないし、すごく真剣に、4コマ漫画を言葉だけで記述するおかしさもある。映画『蠅男の恐怖』で猫が電送されてしまうというのは知らなかったんだけど、これなんて『不思議の国のアリス』のチェシャ猫のイメージだよね。この本を読むことで、猫にまつわるイメージが自分のなかから引き出されていくのも楽しいんです。
春日 
でもシュレディンガーの猫についてだけは書くまいと決めてたよ。
穂村 
それはきっと読んだ人が連想するから。それにしても春日さんは本当にいろんなものを読んでるよね。戯曲を読み返したり、俳句の純粋読者だったり、写真集も出てくるし、この本自体に「猫をめぐるブックガイド」のような雰囲気がある。こういう本は本屋さんで探すの?
春日 
ううん。これまでに読んだもののなかから、頭のなかから選んでる。
穂村 
細かくメモしてるの? メモ派?
春日 
書く前に題材だけはメモするけどね。ちょこちょこっと書いておいたのを並べ替えたりするのも楽しいんだよ。
穂村 
しかしよくディテールがなくならないね。諏訪優とか、詩人だというイメージすらぼんやりしてたけど。
春日 
まぁギンズバーグとか、ビートニクの翻訳、紹介者として有名だもんね。
穂村 
なんだろう? 春日さんの、キッチュというのかな、その趣味は。
春日 
諏訪優なら、ビート詩人を気取っていても結局演歌みたいなものを書いてしまうあたりなんか、こちらにもグサグサ刺さるところがある。ある種のダメな人生みたいなものがどうも好きなんだよ。
穂村 
寓話性と神話性だけじゃなくて超世俗的な感じが急にくるんだよね、春日さんの本は。わからなくもないんだけど、でもなぁ。不味い蕎麦が不味いかどうかを確かめるために食べ続けるというくだりは全くわかりませんでした(笑)。
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『猫と偶然』

「猫と電送機」に始まり、連なり重なっていく断章。梅崎春生、海野十三、ボルヘス、カポーティ、そしてもちろんロジェ・グルニエ。文学作品、詩歌に映画、飼い猫に蕎麦屋の招き猫まで、春日先生の世界を横切ったり、ど真ん中に鎮座したりする猫たちに導かれて「世界の肌触りを確認する」悦楽のエッセイ集。作品社/1,800円。

photo/
Masayuki Nakaya
text/
Hikari Torisawa

本記事は雑誌BRUTUS902号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は902号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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