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平林奈緒美|真似のできない仕事術

No. 900(2019.09.02発行)
真似のできない仕事術
基本、毎朝10時に出勤。休みは年に1度、10日ほど。

仕事術三箇条

・電話には出ない。
・終了時間を決めて、打ち合わせをする。
・パーフェクトな道具を揃える。

〈ARTS & SCIENCE〉や〈YAECA〉のブランドロゴから、瀬戸内海の豪華客船「ガンツウ」のアートディレクションまで。普遍的で揺るぎないグラフィックデザインを創り出している平林奈緒美さんに聞いてみた。長く支持され続ける仕事を生む「時間コントロール術」と「整理術」、それらを支えるちょっと意外な「道具術」について。

「電話には出ません。仕事中は一切出ない。予定していない時間を取られるのが嫌なんです」
 名刺には名前とメールアドレスしか書かれてない。青山にある事務所は広々としているのに、「仕事をするならデカ長部屋みたいなところで一人で集中したい」と、わずか3畳ほどの仕事ブースにこもりっきり。打ち合わせは「最初に終わりの時間を決めておいて、時間が来たらさっさと席を立っちゃう」し、「平日は夜11時になったらスパッと帰ることに決めている」。何だかもう、いろいろと潔い。
「大忙しでも頑張れているのは、時間を区切っているから。ここまでという線を引いて、なしくずしにはしない。とにかく予定通りに進めたいんです。事務所から出たくない。席も立ちたくない。昼食も飲み物も、あらかじめ用意しておきます」
 
昼はスープがメインのご飯をモニターの前で。スープは土日に1週間分作っておくそうだ。デスクの横には、仕事中に飲む麦茶を入れた1ℓの水筒を常備。打ち合わせの時に使う小さめの水筒からアイスラテ専用のものまで、「中身と用途別に7種類ほど揃えているんですけど、ここに辿り着くまでに、自分でもホントどうかと思うほどあらゆる水筒を買って試しました」。
 
この水筒一式に限らず、平林さんにとって事務所で使うすべての道具は、仕事に集中し、作業を気持ち良く進めるためのとても大切な要素。
「買い物は好きだし、買うならどんなに小さくて安い道具でも、気に入ったものを選びたい。コレと決めたものは在庫を全部買い占めることもある。私にとっていい道具は、お洒落ショップではなく〈モノタロウ〉のような事業者向けの通販や海外の工事現場用品カタログの中にある、当たり前の形だけれど機能的なものなんです」
 
堅牢で使いやすく無駄がないもの。「挟むだけ」「留めるだけ」みたいに単純で効率的なもの。そしてもちろん、普遍的で美しいものがいい道具。
「いわゆるデザインが、ただのノイズに感じられることがある。そこから逃げていたら業務用に辿り着いたのかも」
 
そんな平林さんが、海外に行った時に必ず集めてくるものがある。
「銀行や郵便局など公的機関の紙モノをあれこれ。税務署と区役所はマスト。しらっと忍び込んで税金の申請書類や伝票をもらってきます。日本と違って、一色刷りでフォントもたいてい1種類。なのに何をいちばん伝えたいのか、どこを見ればいいのかが、言葉がわからなくてもすぐ理解できる」
 
必要な情報が整理されていることが平林さんの考えるいいデザイン。
「例えば、企業の理念や戦略をデザインで伝えるCI(コーポレート・アイデンティティ)の仕事では、企業ロゴにしろコピーにしろ、今作ったものが、今後何十年もいろんな人の下で、様々な用途に使われる。現在の社会ではまだ存在しないシチュエーションを想像することも含め、デザインの行き先・使われ方という情報をきちんと整理しなくちゃいけないんです」
 
だから仕事を始める時はまず、情報をどう整理し、どう見せるかをぼんやり考える。Macに向かうのは、ぼんやりが何度か更新され、ある程度固まった形になってから。考えを整理する前にとりあえずMacの前でカチャカチャ手を動かしてみることはしない。デザインは本来、“こういうものを作ろう”と考え抜いた目的があって初めて作業できるものだから。
「Macだと、“こういうものを作ろう”と考えなくても、具体的な形としてできてしまうんです。Macに入っているフォントを選んで組み合わせればロゴはできちゃうし、あらゆる色のバージョンを次々と見ることができるから。でも、それではデザインしていることにならないと私は思います」
 
簡単に答えのようなものが現れてしまうと、そもそも何のためのデザインなのかという根本の部分が抜け落ちることもある。それだけが理由じゃないけれど、デザインを考える時は、締め切りギリギリまで粘る。文字や線の角と角がちゃんとくっついているのか、Macの画面上で6万4000%に拡大して確かめるというような、無意味な作業もしょっちゅうやる。
「でも本当に大切なのは、粘って考えたデザインの中で、今回の依頼にはどれが最適かをジャッジすること。自分としては違和感のある方を選ぶことが正解の場合もあれば、3日間かけて作って、もはや完全に情が移った案を落とすこともある。最後は冷静かつ客観的に。肝心なのはデザイナーの満足ではなく、相手のリクエストに誠実かどうかだと思うので」

仕事を志したきっかけは1983年の名盤、U2の『WAR』

仕事がはかどる平林流道具術。

いい仕事道具は海外カタログにあり。

業務用など、機能的で耐久性のある海外の道具が好き。ゆえに通販。文房具は〈office discount〉のドイツ製が多い。工事現場用品の〈Safety Systems & Signs Hawaii〉にも巻き尺などニッチな逸品がある。

ホチキス好き。紙の整理はこれに限る。

美しい、外れない、かさばらない。紙類を留めるのは断然ホチキス。ガンタック型が好きで、手帳にメモを貼る時も針幅が狭いドイツ製を使うことが多い。モノをまとめる時は機能的なフック付きゴムや白ゴムを。

効率よく整理できる、挟むだけのバインダー。

案件ごとの資料を整理するバインダーは、ただ挟むだけの型。入れ替えがラクで見た目すっきり。手帳は見開きごとに白紙が挟んであるもの。すぐモノをなくすし忘れるので、葉書から靴の値札まで全部貼っておく。

夕食の器は、自宅でも愛用している作家もの。

事務所の夕食は、バウハウスと李朝陶磁を原点とする陶芸家、李英才の食器で。「こういうところに関心を持つスタッフと全く興味のないスタッフがいて面白い。壊してしまった時は、修繕に行ってもらいます」

仕事に集中できる「完璧水筒」各種。

中央は仕事中の水分補給用。氷が10時間以上溶けない〈YETI〉。左の〈THERMOS〉は海外にしかない色を苦労して取り寄せた「ロケで食事を食べ損ないそうな時のスープ用」。用意周到にもほどがある⁉

近場の仕事なら電動キックスクーターで。

「時間がもったいないので息抜きの買い物も散歩もしない。だから、一日400歩くらいしか歩かないんです。さすがにまずいかな」と言いつつ近場の打ち合わせには電動キックスクーターを愛用。自転車より身軽。

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ひらばやしなおみ/アートディレクター、グラフィックデザイナー

東京都生まれ。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業後、資生堂宣伝制作部に入社。ロンドンのデザインスタジオ〈MadeThought〉に出向後、2005年よりフリーランスでの活動を始める。主な仕事に〈UNITED ARROWS〉〈ARTS & SCIENCE〉〈MADE in ピエール・エルメ 丸の内〉のアートディレクション、〈AND THE FRIET〉のパッケージデザイン、坂本龍一やサカナクションのCDジャケットデザインなど。

photo/
Keisuke Fukamizu
text/
Masae Wako

本記事は雑誌BRUTUS900号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は900号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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