午後三時。宙ぶらりんの時間に呑む、大人のおやつ。| 文・井川直子

おやつ呑み

No. 899(2019.08.16発行)
ますます!おいしい酒場。
休みの日、予定がなくてもこれさえあれば。

人が息をつけるところは、いつだって余白にある。大事なことは無駄の中に隠れている。だから、おやつ呑みのススメ。ランチとかディナーとかハッピーアワーとかの目的なんかない午後三時、宙ぶらりんの時間に呑むお酒である。
 
こういうときの私は、目的だけが人生だと思うなよ、と誰に言いたいのか、少しばかりパンクな気分で酒場に向かう。それは、横書きのノートに罫線無視の斜め書きしてやった! くらいの小っちゃ過ぎる反抗。それでもおやつの時間の酒場は、小さき者にも、目的なき者にも限りなくやさしい。
 
ナチュラルワインの酒屋〈フロウ〉には、録音室みたいな角打ちがある。開店は15時だがゆるっと開くので、すこし遅れて半地下に潜り込む。楽ちんなワインください、とお願いしたら、あとはただ降り注ぐ音楽を浴びればいい。
 
見回せば、音を吸ったり散らしたりするという凸凹の壁、天井から氷柱のように垂れる木材、キラキラ光るガラスチップ。音って見えるんだな、なんてぼんやり考えていると、立って呑んでいるのにうとうとしそうだ。もしかしたら、胎内ってこんな感じ? そして生まれたての私は商店街の眩しさに喜びながら、次こそ並びの銭湯に寄ってから来ようと思うのだ。

〈デポーズィト バガーリ〉は三軒茶屋駅から少々離れた、店主曰く“3・5軒茶屋”にある。イタリアワインバーだが、赤白緑でなくダークな色彩。それっぽいのはDeposito Bagagli=手荷物預かり所というイタリア語だけである。
 
いや、土着のワインも生ハムの熟成香も、伝統的なチーズも完全にイタリアなのだ。でもなぜだろう、古いビルの外階段を上がってひんやりした大理石のバンコに肘をつくと、知らない国でトランジットの合間に呑んでいるような。どこでもない酒場の、いつでもない時間。スプマンテでしゅわりながら、さて私は何を預けに来たんだっけ? と異邦人ぶってみる。
 
白金台の、公園や美術館の緑を望む一画にバールが建っている。微妙なピンク、シンメトリーな出入口。こちらはまるでイタリア、それも郊外や下町の地元密着系だ。
 
2軒先のローマ料理店が経営する〈ア・レガ〉。ランチは賑やかだが、14時も回ると、くたっとしたバール時間の本領が表れる。だらだら観るサッカー、甘いイタリア音楽、プロセッコ。ローマ式のピッツァは軽く、食べ切りサイズをさらに半分にも切ってくれ、ワイン呑みへの愛を感じる(本来は子ども用だとしても)。週末なら、目当ては揚物だ。黒胡椒をガリッと効かせた、スパゲッティむっちりのパスタコロッケ1個があれば、白ワイン2杯分の至福が続く。
 
散歩の楽しい浅草で、歩き疲れたら〈ラ メゾン ド イッショウビン〉へするりと入る。大きく開いた全面窓は、よその家に縁側から入る感覚。中なのに外のような、街と一緒に呑める酒場である。
 
オープンマインドはメニューにも表れていて、お酒日本ワイン、日本酒に自家製サワーまで。つまみは串揚げ1本100円から揚げてもらえるうえ、かゆい所もツボも心得えた品揃え。敷居の低さと反比例する質の高さは、長年生産者と手を携えて来た、彼らの実りである。つくづく、性格がいいなぁと思う。明るいほうへ、さらっと他人を誘える人、というか。
 
日曜日。たとえ掃除が押して映画を観逃しても、マルシェに行きそびれても、15時の〈コメコメ〉で呑めればいい休日だ。店主の趣向が冴える、小さな日本酒酒場。空間は小さいが、攻めと包容力を両立したセレクト、細かいピッチによる温度のグラデーションで呑み手はどんどん自由になっていく。
 問題は、楽しくて止まらなくなるってことだ。美しいハムカツに新潟のVEGA。真あじに青のりと黒ごまソースに廣戸川。追加投入×追加投入で、気づけば本気呑みの時間じゃないか。と驚いたふりをして、それはそれで。もうちょっとだけ呑んで、〆に冷や汁をかきこんでから帰ろうか。

井川さんのオススメおやつ呑み酒場。

幡ヶ谷 wineshopflow
三軒茶屋 DepositoBagagli
目黒 AREGA
浅草 LaMaisondu一升VIN
目黒 コメコメ

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いかわ・なおこ

文筆業。食と酒にまつわる、ひとと時代をテーマに執筆。著書に『変わらない店』(河出書房新社)、『昭和の店に惹かれる理由』(ミシマ社)、『不肖の娘でも』(リトルドロップス)。

illustration/
Masaki Takahashi

本記事は雑誌BRUTUS899号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は899号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.899
ますます!おいしい酒場。(2019.08.16発行)

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