仕事

ことばがマーケットをつくる。

市場

No. 898(2019.08.01発行)
ことば、の答え。

数年前にはなかったけれど、いまやすっかり生活に溶け込んでいる造語がたくさんある。そのことばをきっかけにマーケットが生まれ拡大して、消費されていく社会。ことばが持つ影響力について考察してみた。

嶋浩一郎 
草食系男子、睡眠負債、スメハラなど、これまで辞書にはなかったけれど、すでに一般化したといってもいいことばがあるよね。
中郡暖菜 
映え、はその代表格。
嶋 
こういったことばを、僕は“社会記号”と呼んでいて。社会記号化したことばは市場をつくる。これまでは、雑誌、特に女性誌が発信源となり、光文社の『VERY』が作った「公園デビュー」なんかが象徴的。
中郡 
雑誌発というのは減ってきたように思います。女性ファッション業界の、特に若い層の場合は、ことばがInstagramのハッシュタグから生まれることがよくある。ベージュでの全身コーデが流行って「#ベージュ族」ということばが生まれたり、今日のコーデのことを「#きょコ」といってアップしたり。
嶋 
ハッシュタグ発のことばは、今後も増えていきそうだね。
中郡 
そう思います。
嶋 
これからはソーシャルメディアが、時代の空気を言語化していくのだと思う。ただ、ウェブ発のことばは狭いトライブの中でしか理解されない。大ヒットすることばは、少なくともあと数年は、雑誌から生まれることになるというのが僕の持論。雑誌編集者は特定の読者をずっと観察しているから流行の兆しをいち早く察知できるし、事象を言語化する能力と、拡散する環境を持っているからね。
中郡 
逆に雑誌があと追いになっていることはありませんか? キャッチする力が強すぎるというか。例えば「#ベージュ族」の特集を組んで広めることはできても、生み出すことはできませんよね。
嶋 
今は移行期。雑誌編集者はまだまだ新しい記号を見つけていると僕は思います。

誰もが知っている“社会記号”は 細分化して方言化する。

中郡 
雑誌『LARME』を作ったときに「ゆめかわ」ということばが流行っていて、そのカテゴリーの中の一誌だといわれることもあったのですが、私はそれに否定的で。雑誌内では一度も使いませんでした。
嶋 
「ゆめかわ」と自分たちで言わなかった中郡さんはクールだよ。
中郡 
はたから見れば同じかもしれないけれど実際は違う、ということを伝えたくて「流行語は使わない」という選択をしていました。
嶋 
雑誌が「あなたはベージュ族ですよ」と太鼓判を押し、当事者は承認される。さらに賛同者が増えていくとそこに市場が生まれる。日本のメディアには、一つのメディアが報じると、他も同様の見出しを並べ立てて同調する特徴があって、社会記号が生まれやすい。結果的に社会記号の解釈が肥大化し、当事者にとって望ましくない認識が広まることもあるから、ラベリングを避ける人たちもいるだろうね。
中郡 
私は社会記号化してほしくない側ですね。
嶋 
「スメハラ」なんかも、言語化されることで嫌な気持ちになる人がいることば。ラベリングには功罪があって、承認されて認知拡大することもあれば、ネガティブな認識を押し付けてしまうこともある。
中郡 
2008年流行語大賞候補に「アゲ嬢」が選ばれたとき、『小悪魔ageha』の編集長は「候補から外してください」とクレームを入れていました。きっと同様の懸念があったのだと思います。
嶋 
90年代、ゼロ年代前半が終わり、雑誌に元気がなくなったといわれて久しい。流行語大賞のノミネートを見ても「どこで流行ってたの?」ってことばが増えてきたでしょう。紅白に出るのがみんなが知ってる歌手じゃなくなったのと同じ。
中郡 
そうですね。
嶋 
フィルターバブルの影響もある。例えばシニアは、若者の間で話されていることばに、触れることがなくなっていく。
中郡
逆にお年寄りだけのことばというのも増える気がします。
嶋 
社会記号は今後、細分化されたコミュニティの中でしか話されない「方言」のようになっていくのではないか。そう思います。

用語解説

【働き方改革】
長時間労働などを見直す動き。プレミアムフライデーもその一環。
【スメハラ】
体臭などで周囲に不快感を与えること。ストレス臭対策グッズも登場。
【港区女子】
東京港区に生息。華やかな消費生活を送る。
【サブスクリプション】
購入ではなく「使う権利」にお金を払う会員制サービス。飲食店も取り入れ始めている。
【パパ活】
女子大生などがアプリなどを使い、男性とデートして経済的支援を受けること。
【#KuToo】
職場でパンプスなどを強制することに反対する動き。スニーカー着用可の企業も増加。
【グランピング】
大自然を満喫しつつ、ホテル並みのサービスを享受できる宿泊形態。
【退職代行】
職場への退職意思伝達を代行するサービス。
【朝活】
出社前の時間にセミナーや交流会などに参加する活動。
【インスタ映え】
Instagramで「いいね!」をもらいやすい見栄えのよい写真。映えスポットが盛況。
【睡眠負債】
睡眠不足が借金のように積み重なること。快眠グッズも続々。
【ベージュ族】
全身をベージュ一色にまとめたコーデ。
【eスポーツ】
ゲームの腕を競い合う。億単位の賞金が出る大会も。
【キャッシュレス】
現金を使わないクレジットカードや電子マネーによる決済のこと。

嶋 浩一郎

しま・こういちろう/博報堂ケトルで数々の広告キャンペーンを手がける。雑誌『ケトル』編集長。著書に松井剛教授との共著『欲望する「ことば」「社会記号」とマーケティング』。

中郡暖菜

なかごおり・はるな/1986年生まれ。『小悪魔ageha』編集部を経て、女性ファッション誌『LARME』『bis』の編集長に。現在は書籍編集やウェブメディア「PRESS」編集長を務める。

photo/
Kaori Ouchi
text/
Takayuki Okamoto
edit/
Yuki Imai

本記事は雑誌BRUTUS898号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は898号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.898
ことば、の答え。(2019.08.01発行)

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