人生

「強くあれ、優しくあれ」| 宮沢氷魚

親から子へ、受け継がれることば。

No. 898(2019.08.01発行)
ことば、の答え。

体に染み付き、人間性を形作った父の教え。

モデルとしての活躍はもちろん、ドラマ、舞台、映画など、俳優としても活動の幅を広げている宮沢氷魚さん。今回の撮影中、自分から撮影スタッフに積極的に話しかけ、緊張した雰囲気を緩めてくれた。さりげない気遣いで現場を明るくしてくれる氷魚さんの父は、ロックバンド〈THE BOOM〉のボーカル、宮沢和史さんだ。
「物心ついた頃から父にずっと言われてきたことがあります。それが“強くあれ、優しくあれ”ということばでした」
 
普段、口数はあまり多くないという和史さんだが、このことばは氷魚さんが幼い頃から口癖のように言い続けていた。
「ずっと言われ続けているので、自然と体に刷り込まれているのか、洗脳されているのか(笑)。困っている人を見ると自然と体が動きます。モデルの撮影現場では、緊張している後輩に僕から声をかけて居心地をよくしようと努めるし、打ち解けられるように食事に誘ったり、悩んでいる後輩の悩みを聞いてアドバイスしたりもします」
 
父が芸能人ということで、小さい頃は寂しい思いもしたと話す。しかし、〈THE BOOM〉の武道館でのライブを観て人生の方向性が決まった。
「〈THE BOOM〉の15周年ライブでした。こんなに長い間ファンに愛され、たくさんの人を喜ばせている父の姿に感動したんです」
 
芸能界で仕事をしたいと相談した時、「考えているほど甘い世界ではない」と和史さんは反対した。芸能界の酸いも甘いも経験している和史さんだからこそ、息子にはその経験をさせたくなかったのだろうか。それでも氷魚さんは諦めずに努力を重ね、夢を貫いた。そして今では雑誌やテレビなどで幅広く活躍している。氷魚さんの人生の選択の場面でも父のことばは響いていた。
「父の言う“強さ”というのは、何があっても這い上がって生きていけるハートの強さ、そして自分で人生を選択し、その責任を持つことだと思います」
 
今では和史さんも、氷魚さんの仕事を応援してくれているという。父が贈ったことばを胸に、それを体現すべく成長し続ける息子の姿は、親子の絆をより深いものにしている。

釣りをする幼少期の氷魚さん。父の和史さんは釣りが趣味で、鮎の稚魚を意味する「氷魚」を息子に名づけた。

みやざわ・ひお

1994年生まれ。雑誌『MEN'S NON−NO』(集英社)の専属モデルとしてデビュー。俳優としてドラマや映画でも活躍。テレビドラマ『偽装不倫』(日本テレビ)出演中。

photo/
Aya Kawachi
text/
Saki Miyahara

本記事は雑誌BRUTUS898号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は898号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.898
ことば、の答え。(2019.08.01発行)

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