【経堂に魔がすむ。】経堂に颯爽と現れた南インド料理。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 897(2019.07.16発行)
決闘写真論

小食を忘れて貪り食う、ほうれん草ライスとラバドーサ。

 前回の湖南料理の店「香辣里」は、あの発酵中華のすっぱ辛さが癖になり、取材後すでに、2回もリピートした。なんでか知らないけど、短期間に何度も行くとなんとなく「また来ちまいました、ぐへへ」というような卑屈な気持ちになるのだが、今回もすでにそうなってしまいそうな気持満載である。

 なにしろ今回訪ねる南インド料理屋「フードタイム」は、私が疲れたとき酸素カプセルに入りに行き、そして「やしげる」という強烈にうまい焦がし煮干しラーメンの店に行く町、経堂の駅近くにあり、すでに開店直後に一回プライベートでランチで行っているというレアなケースなのだ(ビリヤニというものを初めて食べたのだが、高級なカレー飯といった風情で、インディカ米の炊き心地が絶妙だった)。

「今、カレー好きの間で南インド料理が来てて、経堂にけっこう本格的な店ができたって話題になってるらしいですよ!」

 ママの提言に私は心の中でガッツポーズをとった。

 それ、「フードタイム」だ! 近い! 自分の住んでる町に近い! しかも行ったことがあって、なかなかうまかったし!

 社長も言う。

「今、東京には40軒、南インドカレー屋があり、日本で最初に名店と言われたインド料理屋は、実は南インド料理の店なんです」

 知らなんだ。正直最近インド系の料理屋がやたら町に増えて、なんとなく、どこに入ってもおんなじ感じだなあ・・・なんて、食傷していたのだが、この間も神保町で仕事中にカレー好きの編集者に連れていかれた三燈舎という店もたまたま南インド料理屋で、またそこのカレーが絶品で、なにか不思議な縁も感じながら、となるとなぜか今回別件でドキュメンタリーのカメラも引き連れながら「フードタイム」を再訪したのだった。

 酒好きの社長と私とママは「タージマハル」といったインドインドしたビールを、下戸の担当Kは、サラダドレッシングのような色のジュースを頼み、まず乾杯。
 まず、注文したのはサモサとワダ・サンバル セット。サモサは聞いたことはあるが、ワダ・サンバル セット(長いのでワダサンと略したいがスーフリの匂いがしてくるのでやめておく)。ワダというのはインドの代表的なスナックで、見た目はけっこうな、おやつ。「いきなりおやつ食うのかー」という思いと、サモサと同様、炭水化物の揚げ物で、早くも小食の我々は警戒するが、この後も事あるごとに出て来る酸味の効いた豆と野菜のスープ、サンバルに浸して食べるとおやつ感はサッと消え、酒にも合うのである。

 感動したのは、次に出たほうれん草ライスとサンバルのセット。スパイスで炒めたほうれん草とご飯をサンバルにつけて食べるといういたってシンプルな料理なのだが、このほうれん草ライスの味付けが、どこか和の香りがして、めちゃくちゃうまいのだ。全員一口食うなり「んー!」と絶句する。小食なのも忘れ貪り食ってしまう。

 次に出た、ラバドーサは、スパイスとカレーリーフを混ぜた、かなりずっしりした王蟲っぽい見てくれの小麦粉のクレープ。それをまたまたサンバルにつけて食うのだが、まあまあここまで炭水化物を食って来て、大丈夫かと思うのだけど、サンバルの酸味が飽きさせないのだ。今までの連載でも、サンバルが出て来たことはうっすら覚えていたが、今回ばかりはサンバルのことを見なおした。軽くあしらって来たことを謝りたいとすら思う。ママなど「ここでバイトしたい」とまで言い出す始末。私は、カレーリーフというものに注目したことはなかったのだが、「ここまでカレーリーフをふんだんに使うのはとても贅沢なインド料理!」と、社長と口をそろえて言う。

 ようするにこの店、気合が入っている。し、本気なのである。

 ここ2年ほど経堂に通っていてわかるのだが、「フードタイム」の入っている場所は、駅近にも拘らず、地元民に魔の地と言わしめる、居ぬきで入った店入った店が数か月と持たずに潰れていくという香ばしい物件であって、ここに新しく店を構えるには、そうとうな勇気と自信がなければならないはず。やたらと明るいシェフのモルゲシュさんは、ムンバイのシェラトンホテルで18年も修業して来た男。文句なしにうまいほうれん草ライスと、ラバドーサ、そして、ビリヤニのためにも、ぜひ、がんばりぬいて伝説をくつがえしてほしいものだ。

 そして、そうだ、かんじんのカレーを食ってない! と、もちろん最後は野菜のカレー、チキンのカレー、海老カレーカレー責めで宴をしめたのだが、皆、腹がはちきれんばかりになっておるのにスプーンを繰り出す手が止まらぬ。

「ひいい、苦しい!」

 カレー好き、胃の調子のいい方、ぜひ「フードタイム」に集いて、この地の伝説をくつがえしていただきたい。

日本語も堪能なシェフのモルゲシュさんと記念撮影。優しい笑顔に魅了された。

チェンナイ・ミニ・ ミールス・ランチ

まずは南インド式の定食「ミールス」を。ラッサム、サンバル、クートゥ、ポリヤルなど自分好みに混ぜながら食べて。モルゲシュさんの酸味とスパイスのバランスは天才的。1,300円。

プラウン(海老)カレー

カレーは野菜、肉、シーフードの全17種類、780円〜。ホテルシェフゆえのインド全土を網羅したラインナップが素晴らしい。プリプリのエビがたっぷりのプラウンカレーは1,350円。

パニプリ

北インドではゴルガッパと呼ばれる定番おやつ。揚げたスナックの中には、ジャガイモ、ヒヨコ豆、スパイスが。ミントソースをかけて一口で食べると多幸感がすごい。800円。

ドリンク各種

インド産のワイン「フラテッリ」はボトルのコスパが素晴らしい。2,500円。ほかにキングフィッシャーやタージマハルといったインドビール、ローズミルクなどのノンアルも充実。

パラクライス セット

たっぷりすぎるカレーリーフとスパイスでホウレン草とご飯を炒め合わせたら、優しいのに後を引く、永遠に食べ続けたい衝動が。メニュー未掲載ですがぜひシェフに相談を! 1,200円。

ラバドーサ

南インドを代表する軽食・ドーサの中でも、麦から作る珍しいラバドーサはおすすめ。外はパリパリで中はもっちり、練り込んだグリーンチリやスパイスのパンチも効いてる。1,200円。

サモサ

ジャガイモたっぷりのスパイシーなサモサには、タマリンドと黒砂糖、そしてスパイスから作られた複雑なテイストのチャトニ(インドでは定番!)がびっくりするほど合う。1個200円。

フィッシュペッパーパコダ

パコダとはインドの天ぷら的な軽食。フードタイムではスパイスでマリネした白身魚(今回はアジ)をカラリと揚げ、上にはこれでもかとカレーリーフが! ビールにぴったり。1,000円。

ワダ・サンバル セット

ドーナツのような形のワダは、ウラドダールという豆から作られるポピュラーなスナック。サンバルはもちろん、ココナッツとトマトのチャトニ(ソース)も癖になるおいしさ。750円。

フードタイム●経堂

経堂駅から徒歩5分で本格な南インド料理が味わえる。都内ではここでしか食べられないメニューも。カレー愛好家からの支持も厚く、要注目! ●東京都世田谷区経堂2−3−9☎03・6413・9986。11時〜15時、17時〜22時。無休。

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SUZUKI MATSUO

1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。今秋公開予定の映画と同名の小説『108』発売中。『もう「はい」としか言えない』など著書多数。『東京成人演劇部』第1弾「命、ギガ長ス」(ザ・スズナリ、~7月21日ほか全国公演)を作・演出・プロデュース、出演も。

文・絵/
松尾スズキ
Coordinated by/
坂本雅司

本記事は雑誌BRUTUS897号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は897号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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決闘写真論(2019.07.16発行)

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