エンターテインメント

ナチ弾圧下における、 〝退廃芸術〟作家たち。

滝本誠のCAFÉ NOIR

No. 897(2019.07.16発行)
決闘写真論

 クラウディオ・ポリ監督の『ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』は、稀にみる知的緊迫にみちたドキュメンタリーだった。これまでどのようなモノ(造本ほか)かが確認できなかったマックス・ノルダウの『エンタールトゥング(退廃)』が登場したことがなによりも価値がある。

〈退廃〉は、ナチが(当時の)現代美術全般に投げつけた罵倒語であるが、その震源の最大のものは、1890年に刊行されたノルダウのこの書にあるからだ。犯罪者、娼婦、アナーキストから画家、作家にいたるまでの人々の退廃を論じたが、立論の根拠は怪しい。しかも彼はユダヤ人である。ノルダウはヒトラー一派が自分の書を盾にして、美術弾圧に走ることを予想していなかったにちがいない。

 もっとも、〈退廃〉という言葉は、ナチ以前にすでに画家を嘲る言葉として使われていて、それはウィーンの表現主義画家、オスカー・ココシュカの自伝に詳しい。詳しいはずである、この言葉でさんざん嘲られた張本人だからだ。といっても、愛人のアルマ・マーラーの等身大人形と街をゆけば、だれもがこの言葉を囁きあったであろう。身から出た錆といっていい。しかし、彼は同じウィーン出身者として、『退廃美術展』に自分も含めたことに憤り、ヒトラーに罵声をあびせ返し続けた反骨人でもある。ココシュカの本音はナチ宣伝相ゲッベルスも認めたように、ヒトラーの画家としての才能のあまりの凡庸にあり、こんな奴におれの芸術はわかってたまるかということなのである。

〈退廃〉美術を擁護し政治が美術を規制するのはおかしいとほかならぬナチの将校に語らせた映画に、パリでの強奪絵画のベルリン移送の阻止を描いたジョン・フランケンハイマー『大列車作戦』がある。この言葉を将校から聞かされた美術館の女性スタッフは実在の人物ローズ・ヴァランをモデルにしたものである。映画もまた彼女が書き記した小冊子『美術の前線』が原作。ローズ・ヴァランはナチ占領下のパリの美術館にあって、運搬先特定のためのスパイの役割を果たした女性としていまも人気がたかく、バンド=デシネも数冊刊行されているほどだ。

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たきもと・まこと

東京藝術大学卒業後、編集者に。著書に『映画の乳首、絵画の腓 AC 2017』(幻戯書房)。

本記事は雑誌BRUTUS897号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は897号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.897
決闘写真論(2019.07.16発行)

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