めったにメディアに出ない巨匠のインタビューが実現。新しい作品集で追求したものとは?
井上嗣也が新作『THE BURNING HEAVEN』で描いた、モノクロの宇宙。72歳の巨匠は何に掻き立てられ、オリジナルの制作を続けるのか?
- BRUTUS
- 新作のテーマは架空の宇宙だそうですね。どうしてそこに行き着いたのですか?
- 井上嗣也
- 空を見上げることが多くなりました。そのたびに、日頃目にする太陽や月とは別に、未知の天体の広がりを妄想しています。現れては消えてゆく、予測できない光と運動の軌跡。際限のない今日のコンピューター・グラフィックや動画の技術、文学的なものから遠く離れ、グラフィックデザインの多重領域の中で、何らかの出口を求めて、それらを表現したかったのだと思います。目と手と気持ちの渇きを癒やすだけで、さしたる目的もなく、何かに動かされて作り続けていたものを出版できたことは、感謝と幸運の極みです。
- B
- 具体的な制作方法を教えてください。
- 井上
- 不規則な飛行を見せる蝶のように現れた画像は、実像だけを組み合わせて生まれたものです。"渾身これ写真家"と呼びたくなる新良太氏と吉田多麻希氏に、光と水と物質を撮り下ろしてもらい、元の写真が持つ力を失わぬよう、物質の不思議な動きと方向を見出しつつ、組み合わせていきました。CGは一切使わず、ノイズも修整していません。現実の物質の重力や速度といった生の感覚を大切にしながら、イメージを定着させました。
- B
- 当初はカラー作品だったそうですね。
- 井上
- 数年前から作り続けていた100点余りのカラフルな形は、データ量が大きくなりすぎ、アクシデントで一瞬にして姿を消しました。数ヵ月は意気消沈しましたが、それまでの色と形と方向を捨て、スミ1色で再び制作を始めました。仕事の速度は比較的速いと自負していますが、これだけは熱中状態が続き、長い時間を費やしました。
- B
- 年齢や経験を重ね、デザインに変化は?
- 井上
- 時とともに、形のデザインは姿を隠しつつあります。同様に色も、その美しさや調和、対比などに飽きてくるようになりました。反対に、光や空気や湿気までも墨一色で表現した、気韻に満ちた中国の山水画や書に、感嘆のため息をついています。デザインは、写真や言葉(文字)が導いてくれるものです。それらが、澄んだ空気の中で生き生きと呼吸するようにと思いを込めています。穏やかな暗黙の作法です。今まで同様これからも、平気とか元気、勇気といったあらゆる「気」に満ちた時間や光るものに惹かれてゆくのでしょう。そういった意味ではデザインに向かう形は活動初期から変わってないというか、進歩していません。光源に向かって、何度も激突を繰り返す夏の蛾のようなものです。プヨプヨした柔らかいもの、ゴツンとした手に重いものといった感触や雑音を今後も体現していきたいと思っています。
井上嗣也
- text&edit/
- Yuka Uchida
本記事は雑誌BRUTUS896号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は896号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。