【感動、発酵中華】発酵、燻製、ハーブからなる三重奏。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 895(2019.06.14発行)
名古屋の正解
牛ハチノスの金湯スープからは木姜油オイルの爽やかな香りが……。

満を持して! 連載初の中華料理は湖南省の発酵の宴。

 中華にはなんとなく食指が動かずにいた。中華屋のない町などほとんど行ったことがないし、コンビニに行けば『焦がしにんにくのマー油と葱油が香る ザ★チャーハン』なんて、普通の中華屋で食うよりよっぽどうまい、いや、世界一うまい(当社比)チャーハンが冷食で安価に手に入ったり、料理との距離が身近すぎて、つまらない、なんて思っていたからだ。が、この連載を始めて中華に対する意識が変わった。あまりにも世界の料理に影響を与え、その国の料理世界の豊かさに、なにかっちゃ関わっているのが中華というものであるからだ。世界のどの国に行っても中国人を発見するように、「う? この臭いは・・・八角か?」みたいな、消すに消せない中華の気配というものを各国の料理に感じてしまうのだ。

 ならばいっそ、きちんと本国の中華と向き合おうと、でも、かといって「餃子の王将」に行きましょうと言うのは寂しすぎるので、少しひねって「湖南省の料理」という出会ったことのない中華にチャレンジしようということになったのだが、場所は三軒茶屋から徒歩1分の好立地、世田谷区に住む私にしてみれば、非常に手近な場所に、湖南料理「香辣里」はあった。店名からしてそうなのだが、社長に言わせれば「湖南料理は、四川、貴州、湖南中国三大辛い料理の中でも、一番辛い!」のだそう。

 私は、正直、ビビった。タイで辛すぎるヤムウンセンを食べ、舌を出したままフリーズして5分ほど動けなくなったトラウマがあるからだ。しかもここはタイじゃない。少なくとも日本では私は大河ドラマ俳優なのだ。クールな落語の名人をついこの間まで演じていた男が、衆目の中、舌出したまま大汗かいてフリーズしてちゃあ「また不祥事か?」という事態となる。

 が、結果、まったく問題なかった。湖南料理の特徴は、辛いと同時に、発酵中華であり、燻製中華であり、ハーブ中華であるとのこと。三つとも非常に私の好みなのである。特に発酵。思えば、この連載を始めたきっかけも、ミャンマー料理に数ある、発酵食材のスリリングな風味に魅せられてのことだった。

 広くてモダンで、なんというかテラスハウスに出てくるような、逆にいえば中華っぽさの薄い店内で、まずは、青唐辛子のピータン和えとキクラゲの発酵唐辛子和えをつまみに注文し、バーボン中国茶で割ったもので乾杯。ピータンは、すっきりした青唐辛子の辛味のおかげか、臭いがまったく気にならず、キクラゲの方は、正直のけぞるほど辛かったが、発酵のうまみと山胡椒のオイルの香りが癖になり、辛いと知りつつ、ついつい後を引く。次に出て来たきゅうりの大葉ローストは、きゅうりと大葉を菜種油で炒めただけのいたってシンプルな料理だが、シャキシャキとした歯ごたえが楽しく、全員一致で「うまい!」。家で食うおかずならこれだけでもじゅうぶんだし、これくらいなら自分でも作れるんじゃないか? うまく作れたら、これだけで女のヒモとして生きていけるんじゃないかとすら思った。

 いや、嘘だ。なに夢みたいなこと言ってるんだ。人はきゅうりだけじゃ生きてはいけない、ということで、おつまみの添えられた蒸しパンを注文。大豆を発酵させて炒めたもの、インゲン豆を塩漬けにして発酵させたものなど、凝ったおかずを穴の空いた蒸しパンに詰めて頬張る。より種類を多くパンに詰めた方が、口の中にカオスが生まれ、おもしろい。おやきの発酵版といったところか。

 次は、皮つきヤギ肉冷菜。ヤギというと、どうしてもドメスティックな見てくれと臭味を連想してしまうのだが、これはどうしたことか、見た目にやたら透明感があり、ミントとレモンのソースのおかげか、味もやたら爽やかなのだ。沖縄で食べたヤギのあまりの臭さに、ヤギに対してどうしても不良のイメージがあったのだが、こんな上品で清楚なヤギもいるのかと、感動してしまった。ママをして「私もヤギだったら最後はこうなりたい」と言わしめるほど、洗練されたヤギ料理なのであった。

 トリッパをかぼちゃのスープで煮た、牛ハチノスの金湯スープもレモングラスの香りが激しく効いていて、内臓をこんなに爽やかに食ってよいのか、もっと内臓って下品に食うもんじゃないのかと葛藤しつつもやはり非常にうまかった。

 これぞ発酵中華の真打と言える白身魚の香辣蒸しは、塩水漬けにして発酵させた魚を唐辛子とオープン時から継ぎ足しで使っている濃厚スープで調理したもの。見た目のインスタ映えもさることながら、立ちのぼる発酵臭の複雑な刺激に一同「う? うおお」と、妙なテンションがあがったのだった。味ももちろん、発酵好きの私には絶品である。

 この店、好き! なのに、メニューの半分も消化できず帰るのは残念で、すぐに後日、友達と復習にやって来て、そして、きくらげの発酵唐辛子和えをまんまと食い過ぎ、2分ほど大汗かいてフリーズしてしまったことだけは、とりあえず、ここだけの話にしてほしい。

金湯牛

牛ハチノスの金湯スープ。丁寧に下処理した牛ハチノスを、鶏だしベースのカボチャスープと青唐辛子で煮た。仕上げの木姜子オイルからはまるでレモングラスのような香りが。1,500円。

拌野生黑木耳

キクラゲの発酵唐辛子和え。温暖湿潤の湖南省は発酵食品を作るのにぴったり。唐辛子を乳酸発酵させた調味料・辣椒と山胡椒のオイルから成る爽やかな香りと辛さが後を引く。600円。

擂辣椒皮蛋

青唐辛子のピータン和え。すり鉢に入ったピータンを丁寧によくよく潰して、青唐辛子と和えていただく湖南省の家庭料理の定番。調理に参加できるタイプの楽しいメニュー。700円。

腊味合蒸

豚の三枚肉、豚の舌、ボラの燻製3種盛り。湖南省では食材を保存するための伝統的な技法で、香辣里では手作りにこだわり丁寧に仕込んでいる。ワインにもぴったり。1,200円。

手詰め蒸しパンと3種のおつまみ。素朴な蒸しパンに、インゲン豆を塩漬けにして発酵させた酸豆椒や、大豆を発酵させた腊八豆で作ったおつまみを入れて。癖になる味。1,200円。

腌好ハイボール

梅干し・レモン・中国紅茶の茶葉を漬け込んだバーボンを茶濾しで濾しソーダで割るオリジナルアルコールメニュー。1,080円(2杯)。

刀切羊肉

皮つきヤギ肉冷菜〜ミントとレモンのソース。臭みが全くない美しすぎるヤギ肉をミントとレモン、自家製ラッキョウから作られた薬味ソースで。湖南の少数民族料理。1,200円。

紫蘇煎黄瓜

キュウリの大葉ロースト。湖南省ではどこの飲食店でも出される鉄板メニュー。キュウリとシソの葉だけというシンプルな炒め物だが、ずっと食べ続けていたいおいしさ。700円。

シャンラーユー

臭魚〜季節の白身魚の香辣蒸し。塩水漬けにし冷蔵庫で約2週間発酵させた旨味たっぷり。魚を唐辛子と蒸し上げる。白米をつまみに変える驚異の一品! 2,300〜3,500円(サイズによる)。

MEMO

神田のガード下に〈味坊〉が登場したのが2000年。クミンたっぷりの羊串をナチュラルなワインで流し込む楽しみを教えてくれた店だ。それからオーナーシェフの梁さんとパートナーの小林淳一さんは、どんどんと店舗を拡大。湯島〈味坊鉄鍋荘〉、御徒町〈羊香味坊〉〈老酒舗〉に続いて2018年、まだ日本に伝わっていない中国食文化を伝えたいと〈香辣里〉をオープンした。発酵・ハーブ・燻製から成る湖南の世界に魅了されよう。

香辣里
●三軒茶屋

味坊グループ5店舗目を飾るのは湖南料理専門店。自家製の発酵食材に痺れよう。
東京都世田谷区太子堂4−23−11 GEMS三軒茶屋7F☎03・6450・8791。11時30分〜15時、18時〜22時(土・日・祝11時30分~24時)。無休。

SUZUKI MATSUO

1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。秋公開予定の映画と同名の小説『108』発売中。ほか『もう「はい」としか言えない』など著書多数。『東京成人演劇部』第1弾「命、ギガ長ス」(ザ・スズナリ、7月4日〜21日ほか全国公演)を作・演出・プロデュース、出演も。

文・絵/
松尾スズキ
Coordinated by /
坂本雅司
photo/
Shin-ichi Yokoyama
text/
アーバンのママ

本記事は雑誌BRUTUS895号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は895号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.895
名古屋の正解(2019.06.14発行)

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