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ものを見て、何をどう考えるか。それが解剖学です。|養老孟司

TOKYO80s

No. 895(2019.06.14発行)
名古屋の正解

養老孟司(第三回/全四回)

 東大で医学部に行ったのはお袋に強制されたから。遺言なんですよ。お袋は関東大震災も終戦も体験したので、そういう時に手に職がないっていうのは困ると。ストレスという概念を作ったのはオーストリア出身のセリエという学者で、ケチな貴族の息子です。オーストリアは第一次世界大戦で大国から小国になり、財産を失いました。彼の父親が常に言い聞かせたのは、自分の身についたものだけが財産だと。母も同じことを言ってました。社会の大変動を通った人はみんな知ってるんです。だからこの年になっても自分で働いてますよ。不動産を買って家賃で暮らそうとは考えない。だけど僕は結局、医者にはなれなかった。卒業して解剖をしてましたからね。患者って裏切り者だからさ。こっちが一生懸命やっても死んじゃったりしてさ。たまには死なれた方の医者の立場にもなってよ、ってね。必死ですからね。交通事故の患者の手術についたことがあって、8時間やった後に亡くなりました。コンチキショーって思いますよ。でも解剖なら、それ以上、死ぬ心配はない。安心でしょ? 葛藤もありましたよ。でも最初に解剖をした時に、非常に気持ちが落ち着いてね。自分に臨床は向かないとわかったんです。当時の東大病院は人が死ぬところでした。どこの医者も見放した患者さんが来るところだったので、当たり前ですよ。いったい何人殺せば医者になれるんだと思っていました。それから解剖を57歳までやりました。現役を退く年齢には学生に教えていましたから、教科は残ってましたけど、研究としての解剖学は1割もなかったかな。学問は変わっていきますからね。解剖がほかの学問と違うところは、学問には普通、対象に名前がついています。政治学は政治を相手にする、経済学は経済。解剖は違うんです。人でもカエルでも日本経済でも、すべてを解剖する。解剖というのは手段、方法なんです。料理は和食、中華、洋食と分けられるので、和食学、洋食学、中華学です。解剖は包丁の使い方。それを学ぶと、和食でも中華でも洋食でも、下ごしらえまではできる。僕はそっちが教育の本道だと思っています。いまはそれを教えないから、学校を出ても意味がない。だから実は、「ものを見て、何をどう考えるか」が解剖学なんです。よく見えなきゃバラす。僕はそれをずっとやっている。だから解剖学者という肩書を下ろさないんです。(続く)

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ようろう・たけし

1937年生まれ。医学博士、解剖学者。『バカの壁』など著書も多数執筆。

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PHOTO/
SHINGO WAKAGI
TEXT/
KUNICHI NOMURA
EDIT/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS895号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は895号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.895
名古屋の正解(2019.06.14発行)

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