人生旅行

呂布カルマ|ラッパー

キーパーソンの正解

No. 895(2019.06.14発行)
名古屋の正解

僕はラップ一本で生きていく。

雲の上を歩いてるみたい それでもまだ手は星に届かない 二回目を期待して今を無駄にした そしてまた後悔を歌にした 他人事にしとこう 見事に同じ方向に行進 列を抜けて別行動 くぐる鉄条網 情報の出所はどこってこと  「white heaven」(作詞/呂布カルマ)
 
ラップバトルで頭角を現し、テレビ番組『フリースタイルダンジョン』の“2代目モンスター”としてその名を全国に知らしめた呂布カルマさん。“ウェイト”のある言葉を紡いだ文学性を感じるリリックとヘビーでクールなトラックが印象に残る。派手な柄シャツにオールバックの“チンピラスタイル”もあいまって、「孤高」「異端」と評されている。
ヒップホップを聴き始めたのは大学生になってから。2000年代初頭、名古屋のクラブシーンはラッパーのTOKONA−Xを中心にヒップホップが盛り上がっていて。当時の瞬間最大風速的には日本一の人気ラッパーでした。みんな名古屋ヒップホップに注目してたんです」

リリックはスマホにメモを取るが、歌入れの時はノートや紙に手描きで清書する。

とはいえ、当時の呂布さんには追うべき夢はほかにあったという。
「美大に通ってたんですよ、漫画家になりたくて。『週刊少年チャンピオン』で不良の漫画を描きたくて、応募もしてました。で、ある時、応募作品を描いてる途中で息抜きにクラブへライブを観に行った時に、ライブの出演者募集のビラを渡されたんです。オレ、これならできる、ラップの方が向いてるなって。でも僕が始めたのが05年で、その前の年にTOKONA−Xが突然亡くなって。名古屋ヒップホップは“冬の時代”に突入してしまったんです」

数々のラップバトルでチャンピオンに輝く。

プレーヤーになったはいいが「食えないから別の仕事をしながらの生活」はしばらく続く。しかし、トラックメーカーの鷹の目さんと設立した自主レーベルからコンスタントに作品を発表、バトルで賞金稼ぎができるようになると軌道に乗った。32歳、結婚し子供が生まれた頃だった。
「今はラップ一本です。名古屋でトップの自分がこれで食えなきゃダメだという思いもありましたし。ただ、今は何度目かのヒップホップブームっていわれてるけど、そんなの全然信用してないっすね(笑)」

生活が先で仕事は後。 だからここでラップする。

彼の生まれは名古屋ではない。12歳まで大阪市東淀川区で育ち、中学入学と同時に名古屋へやってきた。
「子供の頃は大人になったら大阪に帰ろうって思ってたけど、名古屋人になりましたね。名古屋は好きですよ。日本の真ん中にあるし。女性も好きだし。名古屋の女性は小さくて脚が太くて腰がデカいのがいいんですよ(笑)。でも、たまたまここに暮らして、ここでカタチになったから、ここにいる、そういう感じ。今は子育てもあるし。生活が先で仕事は後。僕はそういう順番なんです」

3作品は自身のレーベルからリリースしている。2018年に発売した4年ぶりのフルアルバム『SUPERSALT』は超名盤! 必聴です。

りょふ・かるま

1983年生まれ。2009年「13 shit」でCDデビュー。数々のMCバトルで優勝し、深夜テレビ番組『フリースタイルダンジョン』では2代目モンスターとして活躍した。レーベルJET CITY PEOPLEを運営。

本記事は雑誌BRUTUS895号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は895号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.895
名古屋の正解(2019.06.14発行)

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