エンターテインメント

浅生鴨『伴走者』の淡島

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 894(2019.06.01発行)
愛と欲のスニーカー

主治医:星野概念

名前:浅生鴨『伴走者』の淡島

症状:「お前が不安ってことは、俺も不安ってことだ」
そうなんだ。淡島は顔を上げた。俺は伴走者だ。内田が恐怖を感じずに走れるようにするのが俺の役目じゃないか。

備考:視覚障害者ランナーの伴走者となった主人公の、伴走を通した心の変化をありありと描いた「夏・マラソン編」と、「冬・スキー編」の2編。講談社/1,400円。

診断結果:伴走する相手に、いつしかシンクロする心。

 実業団のマラソンランナーだった淡島は、機械のように正確なレースをする選手ですがなかなか勝てません。元世界レベルのサッカー選手で、事故で視覚障害者となり、マラソンでパラリンピックを目指す内田は、伴走者として淡島をスカウトします。全盲クラスの世界記録は2時間31分59秒。内田の伴走者はこれ以上の速さで走れ、かつ、内田の目となりレース全般で支える必要があります。選手と伴走者は、輪になった紐を共有して握り、伴走者はコースの流れから地面の状態まで常に細心の注意を払い、伝えます。この小説、様々な伴走者について考えました。我々医療者は患者さんが回復する経過の伴走者。ほかにも例えば、身内の介護をする人、様々な職業の育成者、子育てする親なども、伴走者です。伴走者にとって、主役は相手で自分は裏方。だから、自分の意見を介入させすぎるのは危険です。一方で、相手が転ばないように様々な気配りを人知れずせねばならない。承認欲求を抑えて相手に尽くすような形にも思えます。しかし、淡島の気持ちの変化を読むと、相手の目標をともに目指すことはただの裏方ではないことがわかります。伴走する相手の変化や喜びを共有することで得られる渋くて深い達成感。これは、もはや愛ではないか。精神科臨床は、日々伴走だ、と心がけてきた自分に、それでいいのだと勇気をもらった気になりました。

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ほしの・がいねん

精神科医。音楽活動もさまざまに行う。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が発売中。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS894号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は894号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.894
愛と欲のスニーカー(2019.06.01発行)

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