“イタめし”ブームの立役者、 現役ベテランシェフ、大いに語る。

新・日本のイタリアン。

No. 893(2019.05.15発行)
新・日本のイタリアン。
〈テストキッチンH〉で夢の饗宴。あうんの呼吸で、前菜、パスタ、メインがさくっと出来上がる。さすが。

丁々発止。日本イタリア料理界のレジェンド3人。

イタめしブームのはしりは、1985年にオープンしたニューヨークスタイルの劇場型店舗〈バスタ・パスタ〉だった。シェフを務めたのは山田宏巳。華やかで軽やか。堅苦しいマナー不要の、まさに新時代の幕開けだった。
 
あれからン十年。日本イタリア料理は激しく多様化が進んでいる。今も現役であり続ける、歴史の証人3人が怪気炎を上げる。

落合務 
僕は最初、フランス料理から入ったの。フランスに行ったはいいけど、なかなか働かせてもらえなくて、途中で3日ぐらいイタリアに行ったのよ。そのとき、やっぱり料理はフランスだなと思った。帰国したら、今度はイタリアに行けというので、図書館で調べてみたら、フランス料理の元はイタリアにあるって書いてあるじゃない。こりゃあラッキーだと思った。合点がいった。で、イタリアへ行ったの。それが70年代の終わり頃。行かせる方も行く方も気軽だったよね。
片山護 
僕は20歳イタリアへ。もう50年前よ。
落合 
イタリア料理は山ちゃんが一番古いんじゃない?
山田宏巳 
新潟の〈イタリア軒〉に入ったのが16歳。その頃は給料が1万8000円、飛行機代が40万円。一生行けないと思ってた。イタリア軒って名前だけど、イタリアに行ったことある人はいなかった。19歳で東京に出てきて初めてアルデンテを知った(笑)。
落合 
ホテルでもゆで置きだったもんね。それを炒めてた。
片岡 
僕は母が外交官の家に勤めていた関係で、カルボナーラを知り、高校の頃から作ってたよ。
落合 
80年代にはそれぞれがもうシェフだった。僕が〈グラナータ〉で、片岡さんが〈マリーエ〉、山ちゃんが〈ビザビ〉からの〈バスタ・パスタ〉。
山田 
僕は〈バスタ・パスタ〉のオーナーに、初めてイタリアに行かせてもらったの。
片岡 
あの頃は時代が良かった。
落合 
今は、石投げると日本人に当たるからね。最近は、イタリア人が日本に学びに来てる。
片岡 
今、イタリアに行ってる子たちの中には、技術的にはもう学ぶことがないという子もいる。
落合 
僕らの時代は日本で教えてくれる人がいなかったからね。
山田 
昔はよくイタリア人シェフが来日してイベントやってたけど、今はないもんね。
落合 
今、台湾中国ではイタリア料理が流行ってる。
片岡 
昔は日本に20軒ぐらいしかなかったのにね。
落合 
イタリア貿易振興会の統計によるとイタリア食材を扱ってる店はカフェも含めて東京に2万軒。
片岡 
なんで、こんなに増えたかっていうと、店にいた子が独立して、またそこから独立してっていうふうに弟子が弟子を生んでった。イタリアから帰ってくる人間も多くて、今や過当競争になってる。
焼き上げた骨付きロースを切り分ける山田シェフ。テーブルナイフとして使われているのは香港で手に入れたもの。今回初お目見え。興味津々の2人がじっと見入る。

落合 
うちの子たちは全都道府県にいる。
片岡 
山ちゃんから出た子が一番多いんじゃない?
落合 
昔、ライターさんに「フレンチの方々とイタリアンのやつら」って言われたことがある。
山田 
フランス料理の元はイタリアにあるって僕らは思ってるけど、フレンチの人たちは、イタリアンは誰でもできるって言うよね。
片岡 
でも、パスタはできない。日本イタリア共通点は、地理的なことにある。南北に細長く、四季がある。海に囲まれてるから食材が似ている。一番大切なのは麺ですよ。麺つながりで、イタリア料理はポピュラーになったと思う。素材を生かした調理法というのも似てるしね。
落合 
今は随分変わってきたよね。
片岡 
昔はイタリアそのまんまにやることがイタリア料理だった。
山田 
そうじゃなきゃダメだった。
落合 
最初は何だってコピーでしょ。日本人はモノマネと言われてきたけど、料理も同じだと思う。
片岡 
僕なんか、和食を踏まえた小皿料理だったから、当時は邪道といわれた。でも今は個性の時代。コピーを超えた創造性のある料理をみんながやってる。いろんな人が自分ならではの料理を表現したらいい。みんなそれぞれのスタイルがある。それがイタリア料理
落合 
自動車と似てるよね。もともと日本のものじゃないけど、西欧から学んで、今や世界一になった。東京のイタリアンも、それぞれのシェフが努力を重ねて、世界の人からおいしいと言ってもらえるようになってる。昔はイタリア料理といえば一つだったけど、今はトスカーナシチリアだと、20州全部の店が日本にある。そして、どの店も繁盛してるって素晴らしくない? 今はお客様の方が僕たちよりイタリアに行ってるもの。
山田 
お客様の知識が半端ない。
落合 
せっかくここまで来たのだから、ずっと栄えてほしいね。
全員 
では、イタリア料理バンザイ! ってことで(笑)。

前菜

片岡 護/Ristorante Al Porto

ホワイトアスパラのみょうがドレッシング 蒸した鮑とブルターニュ産オマール海老、香草サラダを添えて。「なぁに、片岡さんのが一番豪華じゃない」と落合さん。

パスタ

落合 務/LA BETTOLA da Ochiai

アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ・フレスコ。パンチェッタを炒め、その脂をつなぎに、パスタをさっと和える。ピリッと辛口。「トリュフかけてもいいよ」

メイン

山田宏巳/TEST KITCHEN H

骨付きサーロイン薪焼き。まず、1時間ほど、ひたすら煙に当て、薪でじっくりじっくり焼き上げる。香ばしくジューシー。薪はイタリアの高級家具の端材でできた特殊なもの。

かたおか・まもる/1948年生まれ。工業デザイナーを目指し、東京藝術大学へ。といきたいところだが2浪。〈つきぢ田村〉で和食修業ののち、総領事付きコックとしてミラノへ。5年後帰国。代官山小川軒〉を経て〈リストランテ マリーエ〉シェフに。83年〈リストランテ アルポルト〉オープン。独自の小皿スタイルで人気を博す。

Ristorante Al Porto
昼夜とも、少量多皿のコースのみ。ランチ3,100円〜、ディナー10,000円〜(税別)。●東京都港区西麻布3−24−9 上田ビルB1☎03・3403・2916。11時30分~13時30分LO、17時30分〜21時。月曜・第1・第3火曜休。10%。

おちあい・つとむ/1947年生まれ。〈ホテル ニューオータニ〉〈Top's〉を経てイタリアへ。約3年修業ののち、〈グラナータ〉シェフに。97年退職し、〈ラ・ベットラ・ダ・オチアイ〉開店。3,800円のコースで度肝を抜く。2009年日本イタリア料理協会の会長に。イタリア大統領から勲章受章など、輝かしい受賞歴を誇る。

LA BETTOLA da Ochiai
コースは昼夜共に4,000円(税別)。創業以来値上げせず。昨年初めて200円値上げ。●東京都中央区銀座1−21−2☎03・3567・5656。11時30分~14時LO、18時30分~21時30分LO(土・祝18時〜)、各2部制。日曜・月曜休。

やまだ・ひろみ/1953年生まれ。〈バスタ・パスタ〉〈リストランテ・ヒロ〉など、手がける店はどれもカッコよく、おいしく、魅力にあふれている。また、冷たいトマトのカペッリーニを生み出すなど、まさに日本イタリア料理界のスター的活躍を果たす。紆余曲折を経て、昨年、集大成ともいえる〈テストキッチンH〉をオープン。

TEST KITCHEN H
ディナー5,800円〜(税別)。客席と厨房が一体に。席数100席。様々な要望に対応してくれそう。●東京都港区南青山5−12−13☎03・6452・6582。17時30分〜21時30分コースLO(23時閉店)。日曜・夏季・年末年始休。10%。

photo/
Norio Kidera
text/
Michiko Watanabe

本記事は雑誌BRUTUS893号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は893号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.893
新・日本のイタリアン。(2019.05.15発行)

関連記事