エンターテインメント

ケン・リュウ『紙の動物園』のぼくと母

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 893(2019.05.15発行)
新・日本のイタリアン。

主治医:星野概念

名前:ケン・リュウ『紙の動物園』のぼくと母

症状:母さんが中国語で話しかけようものなら、ぼくは返事をしなかった。(中略)やがて、母さんはぼくがそばにいるときには、まったく話さなくなった。

備考:中国生まれ米国育ちの著者によるSFファンタジー。中国移民の母子の心の断絶を描いた表題作は2011年史上初の3大SF文学賞を制す。全7編。早川書房/680円。

診断結果:皮膚や目の色で、この僕の何がわかるというのだろう。

「ぼく」の父はアメリカ人。母はかつて父からカタログで選ばれ買われた中国人。母のカタログには英語堪能と書かれていましたが、嘘。英語はしゃべれませんでした。でも父は母に優しく、家族はアメリカで暮らします。母には紙の動物に命を吹き込む力があり、「ぼく」は母が包装紙で作った色々な動物と遊びます。中でも「老虎」(「虎さん」という親しみを込めた呼び方)」はお気に入り。英語をしゃべれない移民の母にとって、中国語も拒絶しない息子は唯一の話し相手でした。でも、そんな関係も長く続きません。近所の女性は、「ぼく」のことも、混血と言い距離を置きます。マークという男子はスター・ウォーズのフィギュアで遊びますが、「ぼく」が持ってきた「老虎」が動くことに驚き恐れ、半分に引きちぎります。次第に、母が、自分が、社会的少数であると認識する「ぼく」は、母に英語を強要し、心を閉ざし、会話をやめます。この母の孤独、想像すると涙が出そう。出身地、肌の色、言語など、本人の内面とは無関係な「違い」による差別。そして「ぼく」のように、身近な人にそれを抱かざるを得ない人。その人が徐々に感じる、誰のせいにもできない自責の念。これらは社会の構造が生む心の病です。そんな、多国籍化していく日本が抱えるかもしれない不安感が交錯しながら、紙の動物も躍動する、複雑な色味SF小説でした。

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ほしの・がいねん

精神科医。音楽活動もさまざまに行う。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が発売中。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS893号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は893号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.893
新・日本のイタリアン。(2019.05.15発行)

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