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子供の頃は、誰でも小さい生き物が好きですよ。|養老孟司

TOKYO80s

No. 893(2019.05.15発行)
新・日本のイタリアン。

養老孟司(第一回/全四回)

 生まれは鎌倉です。母が2度目の結婚だったので父親違いの姉と兄がいました。父親は三菱商事に勤めていて、鎌倉に住んでいた理由は結核の療養。お袋は医者でした。お袋の家に親父が書生としていたんですよ。まあ、だいたいどうなったかわかるでしょ?(笑) だからお袋の方が親父より9つ年上なの。子供時代はまあ普通でしたよ。僕らの頃は近所のガキが一緒になって遊んでいた。地域ごとにグループがあって、うっかりほかのグループに迷い込むといじめられたりね。そうならないようにボスが話し合いをしたりする。それで日本的な民主主義が育つわけですよ。当時の鎌倉は別荘地。だから二重構造。地元民と別荘族がいて、ものの値段も別荘価格と地元価格があった。別荘族は普段はいませんから、お坊ちゃんお嬢ちゃんはお客さんでしたね。夏休みになるとしょっちゅう喧嘩。そうやって色々覚えていくわけ。課外授業ですね。虫が好きになったのもこの頃で、小学校4年生で標本を作っていました。それ以前から生き物は好きでした。カニが一番好きでね、ベンケイガニやコメツキガニ。海岸で砂と同じ模様をしてる1㎝くらいの小さいやつ。足音がすると引っ込むんだよね。じーっと見てると出てきて、砂を丸めてる。砂についてるものを食べてるんだけどね。綺麗な玉にするんですよ。子供の頃は誰でも小さい生き物が好きですよ。動くものに敏感でしょ。必ず関心を持つ。結局、そのまんまですよ。80歳になっても変わらない。終戦は2年生の頃でした。母の田舎がある神奈川の津久井に疎開していました。今は相模原になっている、相模川の上流の山村です。終戦の日もよく覚えてますよ。非常にいい天気で。叔母に日本は戦争に負けたらしいと言われて、膝の力が抜けたのを覚えています。それまで大人がやっていたことは何だったんだろうって。価値観がすべてひっくり返るわけです。学校の先生も180度違うことを言わなきゃいけなくなっちゃう。大人が全員、嘘をついてたってことですよね。以来、人の言うことは信用しなくなりましたね。みなさんそういう経験ないからピンとこないんじゃないかな。新聞やメディアは典型的ですけど、嘘っていうかね。とにかく180度ひっくり返ってもいいものなんだと理解したというか。女房はへそまがりだと言うけれど、そうじゃない、ごく素直な反応ですよね。(続く)

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ようろう・たけし

1937年生まれ。医学博士、解剖学者。『バカの壁』など著書も多数執筆。

第1回第2回第3回第4回

PHOTO/
SHINGO WAKAGI
TEXT/
KUNICHI NOMURA
EDIT/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS893号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は893号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.893
新・日本のイタリアン。(2019.05.15発行)

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