【長野、仙台、大阪、小倉、津、そしてケニア。】そして、誰も皆無口で、ウガリを◯◯した。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 893(2019.05.15発行)
新・日本のイタリアン。
アフリカといえば手食! 初めてのウガリに挑戦。

旅は食にあり、食は旅にある……。

芝居の巡業で、長野に行き、仙台に行き、大阪に行き、小倉に行き、三重の津にまで行った。「どこ行くの?」「津」。発するのに一秒かからないスピード感に満ちたこの町には、その名前にふさわしく一日しか滞在しなかった。芝居後、食べ歩きをする元気もなく、津の夜は終わったのだった。その土地に旅して、その土地のものを食えない。それは虚しい。仙台では牛タンを食べ、長野では蕎麦を食べた。津には、なんの思い出も残らなかった。この連載を始めて、「旅は食にあり、食は旅にあり」を痛感している。「ならば、えい、料理だけはやたら遠い国に行ってやれ」

東アフリカの共和制国家。首都はナイロビ、人口約4970万人。42の部族が存在(推定)。

と、今回はケニアだ。エチオピアに続き、2度目のアフリカである。エチオピア料理は、とにかくインジェラが強烈だった。穀物の粉を、水に溶いて発酵させて焼いた生地でいろんなものを包んで食うのだが、「こうやって食うのがいい」と、店長に手づかみで口の中に入れられた瞬間の、首根っこつかまれてアフリカ大陸に引きずり込まれた感が、あの、時間がたつにつれ雑巾に限りなく近づいていく独特な匂いとともに、じゃっかんのトラウマとして心に刻まれていた。ケニアは、イメージだけでもエチオピアよりワイルドな気がする。「ああいうことがありませんように」という思いと、「ちょっとはあった方がおもしろい」というダブルバインドに心ざわつかせながら我々は五反田の「マシューコウズ・バッファローカフェ」に向かった。

店の前まで来て、「あっ」と思った。芝居の旅で新幹線に乗るため、いつも品川を通る道すがら「オザワ銃砲サービスセンター」という不穏な店がいつも気になっていたが、その真隣だったのだ。銃砲を扱っている店の隣にケニアが存在する。期待と不安が、さらに高まる。
 
こぢんまりとして清潔感のある店に入るとケニアのMTV?みたいなものがテレビでやっており、それがとにかく陽気なラテン系で、ウーピー・ゴールドバーグ系の恰幅のいい女性たちが、街角のあらゆる場所でやたらと激しく尻を振っておって、男たちはゲラゲラと笑っている。社長が言うには、イスラム圏ではないので、多少の露出は全然大丈夫とのこと。アーバンママが一言。

「みんな、悪い人達じゃなさそう」
重要だ。店に入った瞬間MVで、ピストルを持った黒人が「金と女と車だぜ」みたいな歌を唄っていたら、とにかく帰りたくなるに違いない。
 
元、走り高跳びの選手で日本ケニア大使館員という華麗な経歴を持つ店長のフローレンスさんは、ケニア文化を日本に伝えたいと、店を始めたのだとか。一品目はひき肉とチーズ入りのコロッケだ。一口サイズでビールに合う素敵な前菜。担当Kはしきりに「ドムドムのチーズポテトだ!」と感激するが、私にはなんのことやらまったくわからなかった。しかし、コロッケはどこの国のものもえらい。コロッケが料理に悪さをしているのを見たことがない。
 
次は、いきなりメインといった風貌でインスタ映え感満載のニャマチョマ&カチュンバリ&ウガリ。ニャマチョマは、牛肉とチキンをかなりワイルドな感じで焼いたもの。カチュンバリは、トマトとレッドオニオンの、辛いサラダ。これにウガリをつけて食べる。ウガリについてはしっかり語らずには前に進めない。まさしく自分がアフリカ料理をイメージするときに必ず出て来るビジュアルのやつだからだ。誰でも、アフリカのドキュメンタリー番組とかで、現地の人が、白い粉を練ったものっぽいのをバケツみたいな鍋から直接うまそうに手で食べている映像を見たことがあるだろう。「あれだな」。皿にメロンパン状の形でこんもりと盛られた、白いかたまりを見て私は確信した。現地からとりよせたトウモロコシをすりつぶし、蒸しあげた、大変手間のかかるものであるらしい。元高跳びの選手の店長は「肉にカチュンバリを乗せて、手で丸めたウガリと○○して食べる」という。○○の部分は聞き逃したが、右手で熱々のウガリを掬いとり、火傷しないように小刻みに丸めながら、肉とカチュンバリを手で○○(多分、道連れ)にして一緒に食べるのだ。が、そもそも不器用だし、熱さに弱いので、なかなかうまくいかない。カチュンバリの辛さが絶妙で、汗だくになったが、なかなかうまかった。「体験!」という味が、この料理にはのっかっている。バジルティラピアは、一転、見た目がカフェ飯っぽい。ナイルの淡水魚ティラピアを一晩漬け込み、シチュー仕立てにしたものが、小ぶりなライスにかかっている。バジルの香りのシチューは濃厚で、普段あまり夜炭水化物をとらないのだが、ご飯が進んでしまう。しかし、もちろんウガリも炭水化物なので、我々の満腹中枢はいきなりマックスに達してしまい、次に出て来た肉と野菜を煮込んだスタンダードなケニア料理チキンカランガを食う頃には、皆無口に・・・。とにかく課題は、大飯ぐらいを一人隊員にくわえることだ、と、我々は反省したのだった。後日、雪辱戦だ、と、経堂に一軒あると聞いたわずか4席のケニア料理屋に行ったのだが、「おさむ」という立ち飲み屋に変わっていた。ケニア料理屋から「おさむ」って・・・。
 
だが、私はめげない。がっかりも含めて旅。旅べたの私は、いつもそう心に決めている。

ニャマチョマ&カチュンバリ

ケニアの焼肉・ニャマチョマとスパイシーなサラダ・カチュンバリ、さらにケニア国民食ウガリ(右・要予約)を一緒に食べられるパワフルなプレート。内容・価格は応相談。

ココナッツクレープ&アップルパイ

ローレンスさんが家族で食べていた自家製アップルパイとクレープのセット。ココナッツがフレッシュフルーツと合う。作りたてを提供するため内容は応相談。価格も予約時に。

バジルティラピア

淡水魚のティラピアを1晩マリネして、タマネギとトマトをベースにしたソースでシチュー仕立てに。たっぷりのバジルが爽やかで食欲をそそり、ご飯が止まらなくなる。1,500円。

ポンダヤエ

一部のカンバ族で食べられているコロッケは、ジャガイモをベースにツナやチーズが入ったお店のオリジナル。1口サイズでつい箸が進む。アクセントにタバスコもお勧め。1,250円。

チキンカランガ

カランガとはスワヒリ語で煮込みシチューの意。ケールなど数種類の野菜の水分を飛ばし粉末にした自家製パウダーとトマトでチキンを煮込んだ。ココナッツフレークの甘味が絶妙。900円。

カンバサモ

カンバ族に伝わる鶏挽き肉と野菜のサモサは食感も軽い。塩コショウと唐辛子だけというシンプルな味つけながら、ピリッとした刺激がやみつきに。レモンを搾るのがマスト。1個350円。

ビーフ&ポークバーガー

もともとカンバ族では牛・鶏・ヤギなどの肉団子を食べていたが、イギリスの影響でそれらがバーガーと呼ばれるように。目玉焼きと一緒に。濃厚なソースでボリュームも満点。1,000円。

南アフリカワイン

料理にぴったりのアフリカワインも全3種揃っている。写真はフルーティな飲み口がおいしいゴーツ・ドゥ・ローム。2,900円〜。

オーガニックティー

ケニアは世界有数の紅茶の産地。店内では様々な種類のブレンドを楽しめるほか、販売もあり。店内420円〜、販売800円〜。

マシューコウズ・バッファローカフェ

五反田

五反田駅から徒歩5分、都内でも稀少なケニア料理専門店。店内にはオーナーがケニアで買い集めた絵や家具が。
東京都品川区西五反田2−30−10 セブンスターマンション第一1F☎03・6431・8324。11時30分〜15時、18時〜23時。日曜・月曜・祝日休。

MEMO
オーナーシェフのフローレンスさんはケニアのカンバ族出身。かつてはケニアでスポーツ選手として活躍していたという。来日後25年間ケニア共和国大使館で働いてきたが、「ケニアの文化をより知ってもらえるような新しいことをやろう」と、4年前ここにお店を開いた。料理の経験はなかったが、母国で食べていたという家庭料理はどれも最高。チャーミングなフローレンスさんとおしゃべりするとハッピーな気持ちになってくる。

SUZUKI MATSUO

1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。今秋公開予定の映画と同名の小説『10
8』が先行発売中。芥川賞候補作『もう「はい」としか言えない』ほか著書多数。メルマガ「松尾スズキの、のっぴきならない日常」配信中。

Coordinated by /
坂本雅司

本記事は雑誌BRUTUS893号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は893号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.893
新・日本のイタリアン。(2019.05.15発行)

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