東京

【大山(後編)】「戦後の子」、憧れの洋食を語る。

細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」

No. 892(2019.05.01発行)
居住空間学2019
かつては江戸の交易路、今は車が行き交う国道となった旧川越街道周辺を歩く。

音楽家と人類学者の時空を超えたぶらり旅。今回は前回に続いて板橋区・大山編。そもそも細野さんがこの街を訪れるきっかけになったとある洋食店で、2人の話題はまたしても「あの頃」の食へと時空を遡る……。

五街道と並んで重要だった交易路、旧川越街道。

川越街道のルーツは古く、室町時代に太田道灌が江戸城・川越城を築いた際、その間の古道をつなぎ合わせて一本の道を造ったものが始まりとされる。江戸時代には川越藩の藩主・松平信綱によって中山道の脇街道として整備され、宿駅が設置されると、五街道と並ぶ重要な交易路として多くの人々で賑わった。交通手段が自動車となった昭和の時代には拡張工事がなされ、旧川越街道は部分的に現在の国道254号と重なる。

元祖ファミリーレストランで振り返る「激動の20年」。

細野晴臣
前回食べた〈コーヒーショップ ピノキオ〉のホットケーキ、おいしかったなあ。
中沢新一
子供の頃、ホットケーキって「薄焼き」って呼んでたでしょう。母親が時々作ってくれたけど、薄っぺらくてね。当時テレビでよく見てたアメリカのドラマに出てくるやつと何か違うなあって。
細野
そうそう。僕の家でも作ってくれたよ。シロップはお湯と砂糖を混ぜて自分で作ってた。
中沢
あの頃、憧れの食べ物がいっぱいありましたよね。アニメ『ポパイ』のキャラクター、ウィンピーがいつも食べてるハンバーガー。新宿の〈オリンピック〉という店で初めて食べさせてもらったの、忘れもしませんよ。そもそも子供の頃はハンバーグすら食べる機会がなかったですからねえ。毎週のようにイワシかアジ、秋はサンマ。
細野
僕もまあ同じようなもんだ。子供の頃によく食べていたもので今、なかなか食べられないのは「アジの塩焼き」。刺し身やフライならたいていの居酒屋なんかにあるけど、塩焼きが食べられる店はない。どこにもないから、家で食べてるけど。
中沢
学校給食はありました?
細野
僕らが戦後の第1世代。だけど給食で一時期、肉が嫌いになったんだ。豚肉の脂身が臭くてね。食べないと家に帰してくれないんだ。
中沢
脱脂粉乳なんかもまずかったですね。アメリカじゃ家畜の飼料になってたとかいう話で。ああ、戦争に負けるってこういうことなんだなと子供心に思いました。
細野
僕なんかDDT(有機塩素系の殺虫剤)を散布された世代だよ。
中沢
僕もやられましたよ。
細野
そうなんだ! 中沢君の時代にもまだあった。戦後の子だねえ。
中沢
毛ジラミが流行してましたから。当時は児童たちの健康状態も良くなかった。青バナ垂らしたりしてね。そんな時代だから、欧米の食べ物に対する抜きがたい憧憬が生まれたんですよね。
細野
ところで、実は僕が大山に来た当初の目的は、ここなんだ。〈レストラン オオタニ〉。川越街道沿いで、いわゆる洋食屋だけど、2階建てで1階部分がほとんど駐車場になっている、日本のファミリーレストランの元祖みたいな店。
中沢
創業は東京オリンピックの翌年。まさしくモータリゼーション時代の到来という時期ですね。
細野
70年代に上大岡に〈デニーズ〉の1号店ができた時は嬉しかったな。72年にはっぴいえんどロサンゼルスに行った時、〈デニーズ〉ばかり行ってたから。当時、一番旨かったのがハッシュドブラウンポテト。上大岡の店にも最初はあったんだけど、なくなっちゃった。車といえば、その頃「ドライブイン」(駐車場付きのアメリカンスタイルのレストラン)が流行って、六本木青山あたりにできたこともあった。
中沢
しかしこうやって改めて考えてみると、我々は粗食の時代から80年代のグルメ時代まで、たった20年間ほどでとてつもない変化を体験したことになりますね。
細野
すごいことだよ。ただし、昔の方がおいしかったと思うものもある。最近気になるのは、とんかつ屋の肉がどこも妙に硬いんだよね。
中沢
質が落ちてきているのかな。利潤追求の中で中間業者を省いていった結果、品質を管理していた職人が関わらなくなった面も大きいんじゃないですか。実はそこにこそ文化が蓄積されていたんですけどね。今や、手間暇かけて質を保つことの価値が失われつつある、と。我々のこの対談は、そうした世界の潮流に抵抗するためにやっているわけですよ。
細野
うーん、そうだっけ(笑)。

前編

HARUOMI HOSONO

1947年東京都生まれ。音楽家。69年にエイプリル・フールでデビュー後、はっぴいえんど、ソロ、ティン・パン・アレー、YMOなどで活動。2019年3月、最新アルバム『HOCHONO HOUSE』を発表。

SHINICHI NAKAZAWA

1950年山梨県生まれ。人類学者。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治大学野生の科学研究所所長。『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)ほか著書多数。近著に『アースダイバー 東京の聖地』(講談社)。

photo/
Masaru Tatsuki
text/
Kosuke Ide
edit/
Naoko Yoshida

本記事は雑誌BRUTUS892号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は892号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.892
居住空間学2019(2019.05.01発行)

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