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ライブ盤で鮮やかに蘇るボーカリスト大滝詠一の唯一無二の魅力。

BRUTUSCOPE

No. 891(2019.04.15発行)
曜変天目 宇宙でござる!?
1977年『THE FIRST NIAGARA TOUR』の様子。「ナイアガラ音頭」を歌った布谷文夫。写真/桑本正士

NHKの名物プロデューサーが語る大滝詠一との思い出あれこれ。

大滝詠一初のライブ盤『NIAGARA CONCERT '83』は、1983年7月24日西武球場で行われたライブをCD化したものである。65年の生涯において、数えるほどしかライブを開催しなかった氏のライブ音源とあって、発売されるや否や初回限定盤は品切れ店が続出した。というのも、限定盤には77年6月20日渋谷公会堂で行われた『THE FIRST NIAGARA TOUR』を収録したドキュメンタリーフィルム(監督:井出情児)のDVDが付属しているのだ。ステージで歌い踊る28歳の大滝氏を確認できるレア映像。今回は、77年のライブ映像に偶然にも「登場」するNHKのプロデューサー石原真氏に当時の思い出を語ってもらった。

この、大滝さんと一緒にツイストを踊っているのが石原さんなんですよね?
石原真
そう、ボウリングシャツのダサい男が僕です(笑)。
どうして一緒にダンスを?
石原 
当時、僕は大学1年生。友達と4人で観に行ったんです。で、「コブラツイスト」という曲になったときに、大滝さんが「踊りたいやつはステージに来いよ!」って客席に向かって言ったんです。僕、お調子者なんで、急いでステージに駆け上って踊りました。42年前の恥ずかしい姿です(笑)。
石原さんは岡山県育ちで中1のときにはっぴいえんどに出会い、音楽にのめり込んだそうですね。
石原
はい。70年代のサブカル少年といいますか、以来50年間その道を歩いております(笑)。
当時、はっぴいえんどのライブを観たりしていたんです?
石原
72年、僕が高1のとき、岡山大の学祭にはっぴいえんどが来たんですよ。そしたら、細野晴臣さんと鈴木茂さんだけで、大滝さんと松本隆さんは来なかった。そのままはっぴいえんどは解散しちゃったんです。4人のライブが観られなかった、それがもう悔しく。で、東京の大学へ行ったんです。これからは観逃すまいと。上京してから、はっぴいえんど周辺のライブは全部行きましたね。
  
今回のDVDで大滝さんが歌う姿を初めて観て、「歌謡ショー」っぽいところが面白いと思ったんです。真っ白のタキシードで歌ったり、野球のユニホーム姿でノックしながら歌ったり。
石原
リサイタルですよね(笑)。シナトラやプレスリー、50年代60年代のアメリカンポップスへのオマージュだと思います。大滝さんは「ペリー・コモ・ショー」が大好きでしたから。
ナイアガラの滝のセットを忍者が歩くあたりは、ちょっとクレイジー・キャッツっぽい(笑)。
石原
古今亭志ん生の落語が好きで、冗談やお笑いが大好きな人でしたからね。
川勝正幸さんの言葉を借りるなら、ポップウイルスに感染した「元祖ポップ中毒者」ですよね。
石原 
ホントにそうです。プロデューサーでありソングライターでありラジオDJであり、ポップス研究家でありお笑いや映画を愛する人であり、そして、シンガー、ボーカリストだった。「颱風」や「びんぼう」といった曲は、いまで言えばヒップホップの譜割りなんです。かと思えば、「空飛ぶくじら」や「指切り」といったバラードは胸に染みる。唯一無二のボーカリストだと思います。
石原さんはいつ頃から大滝さんと交流を?
石原 
大学卒業後、81年にNHKに入局するんですが、支局勤務を経て、カルチャー番組や音楽番組なんかを担当するようになり、先輩プロデューサーの湊(剛)さんを通じて親しくなったんです。
サブカル少年の夢が(笑)。
石原
叶いました(笑)。でも、大滝さんは、テレビには出てくれなかった。ご飯はよくご一緒させていただいたんです。上座に大滝さん、その隣に湊さん、はっぴいえんどチルドレンの僕と佐野史郎さんが下座にいるのがいつものパターン。で、音楽の話はちょっぴり、あとは古い日本映画の話、落語の話、ジャイアンツの話。帰り際に「大滝さん、番組に……」というと聞こえないフリ(笑)。だから、大滝さんって驚くほど映像がないんです。81年にアルバム『A LONG VACATION』(ロンバケ)が100万枚を超える大ヒットになって以降、よりメディアから離れていったと感じましたね。
ロンバケはなぜそんなに売れたんでしょうか?
石原
もちろん、素晴らしいポップスアルバムだからですが、時代の気分に合致した、ということもあるでしょう。サブカルチャーがメインカルチャーに躍り出る、そういった潮流の先頭バッターを意図せず担ったのが大滝さんだったと思うんです。その後、作詞家となった盟友・松本隆さんと組んで、太田裕美、松田聖子、小林旭、森進一、薬師丸ひろ子、とヒットを連発する。だから今回CD化された83年の西武球場のライブは、まさに、ポップスオタクの「オレたちの大滝詠一」が、メジャーど真ん中の「みんなの大滝詠一」になった瞬間の大滝さんなんです。
大滝さんって、一言でどんな人でしたか?
石原
群れない。交わらない。孤高の人ですね。

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『NIAGARA CONCERT'83』
1983年7月24日西武球場で行われた、大滝詠一名義で出演したライブとしては最後となった『ALL NIGHT NIPPON SUPER FES '83』の模様を収録。限定盤の特典は、ライブで歌ったオールディーズカバー集のCDと『THE FIRST NIAGARA TOUR』のDVD。ナイアガラ・ソニー/6,000円。

石原 真
いしはら・しん/1957年岡山県生まれ。NHKエンタープライズ所属のエグゼクティブプロデューサー。『トップランナー』
『ポップジャム』『紅白歌合戦』など担当多数。

text/
Izumi Karashima

本記事は雑誌BRUTUS891号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は891号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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