美術

ジャン・ジレル

現代作家による 曜変への挑戦。

No. 891(2019.04.15発行)
曜変天目 宇宙でござる!?
光の加減で色のニュアンスが変化するジレルさんの光彩茶碗の数々。

四十余年前に天目茶碗と出会い人生が変わった フランス人陶芸家を訪ねて、ブルゴーニュへ。

馬や羊が草を食み、ロマネスク教会が佇むブルゴーニュ地方の小村に、アジアの秘宝「曜変天目」を探求し続ける陶芸家、ジャン・ジレルさんと妻のヴァレリー・エルマンさんが住まう。

「ここは、昔から煉瓦作りをしていた土地。まずはこの環境を見てほしい」と、丘陵を見晴らすテラスでジレルさんは言う。鉄分の多い煉瓦の材料の赤土と粘性の高い黄土に恵まれ、豊富な湧き水を湛える井戸もすぐそばに。森林整備も兼ねて、裏山の豊富な薪も毎年村民に与えられるのだそう。作陶に欠かせぬ土、水、炎の原材料とともに暮らしていると言っても過言ではない。だからこそ自然に寄り添う暮らしをと、2人は自然農法による菜園を営み、リンゴやアンズなどの果樹を植えて自然の恵みに感謝を捧げる。洋の東西、時の隔たりこそあれ、夫妻の暮らしはまるで中国昔話の「桃源郷」を思わせる。

磁気帯びの酸化鉄がワインをまろやかにするともいわれる「光彩」。

磁気帯びの酸化鉄がワインをまろやかにするともいわれる「光彩」。

シンプルで奥深い天目の美が、人生の変革を誘う。

陶芸に出会った10歳の日、初回からろくろ作業を難なくこなしたという神童は、美大入学時に「陶芸では食えない!」という父の反対で現代美術を専攻。画家となり成功を収めていた1975年、パリのギメ美術館の青磁と、ジュネーヴ、バウアーコレクションの光彩を放つ茶碗、この2つの南宋の天目陶器との出会いが人生を一変させる。

中国工芸の豪奢な装飾や絵付の美しさを評価するのが、今も昔も西洋の審美眼。そんな中、これ見よがしな装飾がなく、シンプルで繊細、見れば見るほど深く、多様な味わいに満ちた天目は衝撃だった」。文字通り「心をわしづかみ」にされた彼は、これより陶芸だけに専念する人生へと舵を切る。

ブルーからパープル、プリズム効果で変容する微細な色の変化が。

右上から時計回りに、油滴、油線、鼈甲の天目の技術を再現。

その後、透明感溢れる薄青の青磁、鼈甲の風合いの天目、黒地に油つぶが浮かぶような油滴天目など、南宋期に建陽の窯から生まれた天目の作陶技術を解き明かし、陶芸家として名を馳せる。が、同様に探求し続けていた虹色の光を放つ「光彩」は門外不出にしていたという。2004年に台北の故宮博物院に招かれ、ついに初公開した。

「時が満ちていないと感じていたのだと思う。自分にとっても、見る側にとっても」。当時、まだ実物を見たことのない曜変天目は天目茶碗の中でも異例中の異例。その要素の一つ「光彩」の実現に30年を費やした末の、新たな挑戦の始まりだったのかもしれない。
 
加熱や冷却手順ほか独自の試みを実践するたびに窯を自作し、これまでに何千もの茶碗を焼いた今、彼は断言する。

工房と家、庭と畑の周りに広がるのは、ブルゴーニュの緑の丘陵。

縦に薪をくべて炎を、ブロックで内部の酸素を調整する手製の薪窯。

「光彩の鍵を握るのは鉄分の酸化、つまり水。斑文の鍵を握るのは炭素、つまり灰」。炎と熱との関係は言うまでもない。火山帯の岩石を幾種も加えて作る素材も、様々な岩石と灰を調合する釉薬も長年の探求の賜物だ。だが、こと曜変天目に至る決め手は素材段階の論議にはないとの確信に至った、と。

ガス窯の脇には窯内に水分を送る装置を設置し、温度と時を見極めながら手作業で水分を補給する。磁気を帯びた酸化鉄がブルーやシルバー、さらに二酸化炭素の加減でグリーンや赤みを帯びた光彩を生むことは理論上は解明されているとはいうものの、どのタイミングで、どのように実践するかは経験に基づく陶芸家の体感作業しかない。
 
薪窯の裏面では、窯の壁に垂直に置く薪によって火力の調整を容易にし、可動式のコンクリートブロックで穴を覆い、窯内の酸素の微調整を可能に。すべては焼成時の水と灰のコントロールをより自在に行うための、ジレルさんならではの工夫だった。

工房を1階に、自宅を2階に設計した家は地元の木材と煉瓦で施工。

釉薬を重ね風景を表現した花瓶をリビングに。壁の絵もジレル作品。

世界中から集めた植物が繁茂する温室でくつろぐジレル夫妻。

曜変天目が焼かれた遠い昔のその日、南宋の職人は「何かとんでもないことが窯の中で起こっている」と感じたはずだとジレルさん。「あらゆる自然の摂理が織り成す稀なる結実が、曜変天目だから」。人知と技を尽くして待つ陶芸家だけが直感し得る誕生の瞬間、歓びと畏敬の念に包まれただろう、と。「小さな茶碗に凝縮した自然の神秘に触れる陶芸だから、まさに今、人は惹かれる」とジレルさんは確信する。

保温性の高い黄土の保管小屋の横にミニ菜園。徹底したエコ感覚。

木材も裏山から調達する薪窯は、これで18番目となる最新作。

Jean Girel

1947年仏サヴォワ生まれ。10歳で陶芸を始めるが父の勧めで現代美術を専攻し教師を経て画家に。75年の天目茶碗との出会いから陶芸に専念し、2000年メートル・ダール(仏人間国宝)認定。09年工房と家をブルゴーニュに構える。

photo/
Alexandre Tabaste
text/
Chiyo Sagae

本記事は雑誌BRUTUS891号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は891号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.891
曜変天目 宇宙でござる!?(2019.04.15発行)

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