東京

【大山】「ホーボー」の2人、 大山の商店街を歩く。

細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」

No. 890(2019.04.01発行)
花と花束。
大山駅から延びる商店街「ハッピーロード」、現在の川越街道側の入口で。最近、この商店街の魅力を知ったという細野さんがやってきたのはこれで3度目とか。

音楽家と人類学者の時空を超えたぶらり旅。今回は板橋区・大山へ。昭和の風情漂う駅前商店街を中心にその町並みは、細野さんいわく「下町でも山の手でもない」。2人がなぜか惹かれるその背景に、江戸から続く長い宿場町としての歴史があった。

新座市の高校に通い、ファーストアルバム『HOSONO HOUSE』制作時には狭山に住んでいた細野さん。「城東地区には縁がある。その割によく知らないんだけど(笑)」

ジャンクションとしての 「板橋=タンジール」説。

細野晴臣 
高校生の頃、毎日この東武東上線に乗って志木駅まで通ってたんだ。でも途中の駅で降りて遊んだりはしなかったな。最近になって、このへんに何だか面白い場所があると気がついた。何ていうか、下町でも山の手でもないような……。
中沢新一 
そう、このエリアは要するに「ジャンクション」なんですよ。中山道や川越街道などが集まる、板橋宿という大規模な宿場町だった。
細野 
そうか、「繋ぎ目」だ。このあたりはまだ活気があっていいね。
中沢 
僕もジャンクションは好きですね。大都市でも田舎でもなくて、多様な人たちがいる。何で僕たち、そんな場所が好きなんだろうね?
細野 
根に何かあるんだろうなあ。「ホーボー」的な何かが。色々なものが入り混じってるような、境界線みたいな場所が好きなんだよ。

中沢 
『鬼平犯科帳』とかの捕物帳だと、群馬あたりから盗賊がこのへんへ出てきて……とかいう話がよくあるね。だから、周辺の商人宿には少々怪しいところも多かった。賭場があって、宿場のお女郎さんもいて。まああんまり立派な場所ではなかったのでしょうが。言ってみればモロッコのタンジールみたいなとこ。
細野 
そりゃかっこ良すぎる(笑)。
中沢 
武蔵野台地の北西部には江戸時代以前から人が集まってたんですよ。黒曜石などの交易ルートでしたから。そういえば、細野さんは若い頃、さらに奥の狭山に住んでましたよね、米軍基地の近くに。今度出た新しいアルバムは、当時の作品をセルフカバーしたものだとか。
細野 
そう、45年前のね。だけど、その頃に見ていた風景はもうあまり思い出せなかったな。アルバムの中の「冬越え」という曲に、「今では僕は 田舎者」というフレーズがあるんだけど、どうしても馴染めなくて、歌詞を変えてしまった。当時は東京から狭山に移り住んで、本当にカントリーライフだったの。「毎朝 
ニワトリ コケコッコー」という詞もあるけど、実際、鶏が鳴いてたんだ。でも田舎者なんて言葉は死語になったし、今の日本にはいないから。
中沢 
そういう環境から生まれた音楽だったわけだ。同じ基地の街でも、福生の方はまた少し違った雰囲気だったんですかね。村上龍や山田詠美もそのあたりの雰囲気を体験して、そこから文学作品が生まれたり。
細野 
そうね、16号線という感じ。
中沢 
当時は僕もよく沖縄に出かけてたから、基地の街の雰囲気はわりあいよく知っています。コザの女の人たちにも親切にしてもらってました。優しい人たちだったなあ。当時、細野さんにとってはアメリカってどういう存在でしたか。
細野 
えっ? ……「妄想」かなあ。
中沢 
反米意識なんかなかった?
細野 
音楽でしか考えてない。今は政治的に嫌いな面もあるけど。とにかく文化的に洗脳された世代だからね。音楽からホットケーキまで。
中沢 
そう、複雑なんですよね。向こうのドラマの中で見たホットケーキ、旨そうだったもんなあ……。
ハッピーロードを出て南東へ5分、住宅街に佇む〈コーヒーショップ ピノキオ〉へ入って雑談タイム。クラシックで瀟洒な佇まいが人気の、知る人ぞ知る店。

〈コーヒーショップ ピノキオ〉の名物であり、行列ができるホットケーキ。美しい円筒形は型で成形したものでなく、ヘラで形を整えて作る店主の技によるもの。

あらゆる人々が行き交った「板橋宿」周辺の街。

江戸の五街道の一つ、中山道の江戸から1番目の「板橋宿」(現在の板橋区仲宿周辺)は、旅人たちで大きな賑わいを見せた宿場町。現在の大山駅から西へ延びる「ハッピーロード」はその中山道から分岐した(旧)川越街道に沿って自然発生的に生まれ、第二次大戦後に発展した商店街。周辺には富士山へ通じる富士街道、鎌倉へ通じる鎌倉街道なども交差しており、まさしくジャンクションとして人々が行き交ったエリアだった。

後編

HARUOMI HOSONO

1947年東京都生まれ。音楽家。69年にエイプリル・フールでデビュー後、はっぴいえんど、ソロ、ティン・パン・アレー、YMOなどで活動。2019年3月、最新アルバム『HOCHONO HOUSE』を発表。

SHINICHI NAKAZAWA

1950年山梨県生まれ。人類学者。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治大学野生の科学研究所所長。『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)ほか著書多数。近著に『アースダイバー 東京の聖地』(講談社)。

photo/
Masaru Tatsuki
text/
Kosuke Ide
edit/
Naoko Yoshida

本記事は雑誌BRUTUS890号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は890号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.890
花と花束。(2019.04.01発行)

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