映画

新しい表現は、現場で作りながらでしか見つからない。

BRUTUSCOPE

No. 890(2019.04.01発行)
花と花束。
「新しい『緊張感』をどう作るのか。」。3作目を作るにあたり、黒木華さんらの出演交渉に使った企画書。
佐藤さんの事務所にて。佐藤さんは黒板が背中にないと落ち着かない。c-projectメンバーは、週末は必ず、多いときは平日夜も集まり、1回につき4〜5時間協議をする。数々のアイデアがここから生まれた。関さんがNHK大阪局・山口局に勤務していた時期にはスカイプで参加していた。c-projectメンバーにとっては、アイデア出しは至福の時間なのだ。

佐藤雅彦教授と佐藤研のメンバーのc-projectが歩んだカンヌへの道。

『八芳園』を観た衝撃は忘れられない。物語の呪縛にとらわれていることを見せつけられたようなカウンターパンチを受けた。カンヌ映画祭に出品することを目標に始まったc-project。メンバーの佐藤雅彦さん、関友太郎さん、豊田真之さん、平瀬謙太朗さんらが、カンヌまでの道のりを語ってくれた。

佐藤雅彦
佐藤研の5期生は今どきなぜか求道的で、彼らが卒業する前年の秋に、みなを呼び出してc-projectをスタートさせたいことを伝えました。
平瀬謙太朗
一緒に何か作りたいとみんな思っていたので、とても嬉しかったのを覚えています。
佐藤
まず、作り方を考えることから始めました。「手法がテーマを担う」というのがc-projectの活動基本になるのですが、それを言語化できたのはだいぶあとです。最初は、とにかくみんなでアイデアを出し続けました。
平瀬
毎週末、研究室に集まって4、5時間アイデアを出し合う作業が、半年近く続いたんです(笑)。
関友太郎
100以上のアイデアが出たのですが、なかなか決め手に欠けた。
豊田真之
佐藤先生は何か確信をお持ちだったのかもしれませんが、このままの状態が永遠に続くんじゃないかというような気持ちになっていました。それが、関から『八芳園』のアイデアが出たとき、満場一致で「それだ!」となった。その案にどんな面白さが含まれているかもよくわからないのに、直感的にみんなが確信しました。あれは、最も印象的な得難い瞬間でした。
佐藤
いいアイデアが生まれるまでの過程は記号化できませんよね。出口のないトンネル状態が長く続いて、あるときいきなりジャンプして、ゴールに辿り着きます。時には2段階も3段階も飛躍が必要になる。僕は経験的にそれを知っているけれど、みんなは本当に不安になっていたんですね。
平瀬
結局、翌年春のカンヌの応募には間に合わなくて、僕たちは卒業後も続けて製作することになりました。
『八芳園』は、結婚式のある場面をラディカルな方法で撮ると決めてスタートしたんです。でも、最初はコントみたいな小ネタも入れてましたね。
平瀬
映画なんだから、何か起こさないといけないという思い込みがあったんです。
豊田
ところが、編集していくうちに、何も起きない「その他の時間」の方が面白そうだと気づいた。そうして、結局2回撮り直しをしました。
佐藤
大学では「in progress」といって、作っていく作業のなかで、何かを見つけていきます。ビジネスでは、テーマや図像が最初にあり、それを具現化していくのが普通ですが、c-projectは現場でいろいろ試しながら、方向性を模索します。そして、出来上がる過程のなかで、テーマの輪郭が浮かび上がる。商業ベースのもの作りと大きく異なります。
平瀬
そうして、2014年のカンヌ映画祭の応募締め切りギリギリのタイミングで『八芳園』は完成しました。
佐藤
ほかの学生たちも、個人でカンヌに応募していたらしく、落選したという知らせがポツポツ来始めました。ところが当のc-projectには一向に連絡が来ない。そもそも応募段階で何かミスしたのでは? という疑念が湧き上がってきた(笑)。半ば諦めて、2作目の『父帰る』の製作を進めました。そうしたら、テスト撮影の前日の夜中に平瀬から電話があった。
平瀬
事務局からメールが来たのですが、それが「おめでとう! 君の映画がかかるよ」という友達みたいにカジュアルなメールだったんです(笑)。
佐藤
本当にこれで(カンヌ映画祭に)行けるの? と返答に悩んでいたら、翌日に川喜多記念映画文化財団の方から電話をいただいて、そこで初めて、応募数5000通という難関を突破したらしいという、事の重大さを知りました(笑)。
財団の方にも、カンヌに行ってからも、「そもそも監督が5人というのはどういうことか」と、事あるごとに訊かれましたね(笑)。
佐藤
「映画は1人の監督の強い個性で作られるもの」と思われていたので、理解できなかったのでしょうね。2014年の審査員長はキアロスタミさんで、「『八芳園』は最初の5分は完璧。あとは冗長」というコメントをいただきました。
それを受けて、佐藤先生が編集し直そうとおっしゃったのには驚きました。さらに高みを目指そうとされたことに衝撃を受けました。
佐藤
僕らは無知だったから、応募条件の15分に目いっぱい詰め込んだ方がいいと思い込んでいたんです(笑)。カンヌ映画祭には、「誰よりも早く、新しい才能を見つける」という、強烈な意志があるんですよね。タランティーノやグザヴィエ・ドランも、カンヌ映画祭が見出して育てていきました。
平瀬
カンヌの前後に作り始めた2作目の『父帰る』は、編集してみたら34分になってしまい、結局応募条件を大幅にオーバーしたので応募できませんでした。
佐藤
また、60人の出演者に出ていただき、製作費が膨大にかかってしまった。c-projectは公開を目的に製作をしていないので、回収の見込みはありません。そんなとき、プロデューサーの川村元気さんから声がかかりました。川村さんの力を得て、3本目の『どちらを』で、c-projectは初めて映画のスタッフやプロの俳優と作品を作ることになりました。
平瀬
最初は用語すらわかりませんでした。「トラ」って、何だろうと思ったら、エキストラだったり(笑)。『どちらを』でも、僕らは、現場でたくさん議論して、手探りしながら進むというやり方を通したので、スタッフの方は困惑されていましたね。
佐藤
予定とは違う場所で撮った方がいいんじゃないかなど、現場を見て、その都度、撮影を止めて協議し始めるんです。香盤表も無視しているわけだから、そりゃ現場は混乱しますよね。
平瀬
ただ、僕たちは、現場でこそ、表現の先端が生まれると信じていて、スタッフの方々も最後にはそれを一緒に信じて、付き合ってくださいました。
佐藤
『どちらを』では、黒木華さんというプロの俳優に演じてもらったことも大きな経験になりました。この作品は企画性が高いので、「メタ映画」になってしまいそうなところを俳優の存在が映画にとどめてくれたんです。
豊田
僕は仕事で、映像や音楽を作っていますが、cプロには、意識の高いもの作りの姿勢を教えられました。
ほかではできない純粋なもの作りができるので、僕にとってcプロは、とても刺激的で大事な場です。
平瀬
家族といるよりも長い時間を共有していますから、自分の生き方にも大きな影響を受けている気がします。
佐藤
みんなには、日本を代表する作り手になってほしい。でも、それ以上に、僕自身が一緒に作りながら、新しいものを発見できる。そこに立ち会えるのはなにより嬉しいことなんですね。
『どちらを』のコンセプト図とメッセージ。ここから具体的な脚本作りにとりかかることになった。

渋谷のユーロスペースで4月6日から 『佐藤雅彦研究室 カンヌ短編プロジェクト』 として、c-projectの3作品が上映されます。

1 『八芳園/Happo-en』
監督:佐藤雅彦、関友太郎、豊田真之、平瀬謙太朗、大原崇嘉/普通ならば注目されない「その他の時間」を、ある手法で切り取った画期的な短編。映画の中に生まれているどうしたらよいかわからない状況が、映画館の観客の中にも同じように生まれている。
©2014 TOPICS

2 『父帰る/Father Returns』
監督:佐藤雅彦、関友太郎、豊田真之、平瀬謙太朗/菊池寛の舞台脚本『父帰る』を基に、文学を新しい手法で表現。家族5人の物語だが、出演者は総勢60名。膨大な量の素材を撮り、40以上のバージョンが作られた。手法の面白さとともに、編集の妙に注目。
©2016 TOPICS

3 『どちらを/Duality』
監督:佐藤雅彦、関友太郎、豊田真之、平瀬謙太朗、川村元気/コンセプトを基に初めて脚本を書き、黒木華、柳楽優弥ら、第一線で活躍する俳優を起用し、演出した。企画性が高く、メタ映画になりそうなところを、俳優の力により、観客の心を引き込む映画となった。
©2018 「どちらを」製作委員会

平瀬謙太朗/1986年生まれ。2013年、デザインスタジオ〈CANOPUS〉を設立。

豊田真之/1986年生まれ。NHK Eテレ『考えるカラス~科学の考え方~』で音楽監督。

関友太郎/1987年生まれ。2012年NHK入局。ドラマ制作に携わる。

佐藤雅彦/1954年生まれ。2006年から東京藝術大学大学院映像研究科教授。

photo/
Taro Hirano
text/
Tomoko Kurose

本記事は雑誌BRUTUS890号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は890号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.890
花と花束。(2019.04.01発行)

関連記事