【屈辱の町に香るバター茶】内モンゴルを味わうための語彙力とは。

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 889(2019.03.15発行)
服があるのに、着たいものがない?
初めて食べるモンゴル料理は、「めちゃくちゃ好みの味」!

若き日の屈辱の町・高田馬場で、あらたなる屈辱と出会う。

 ドスの効いた怪しげなビル。「馬記 蒙古肉餅」はその五階にある。その店名からそこはかとなく漂う異国のマッサージを経由した性サービスの気配。いや、それはおのれの欲望の写し鏡か。マーキーモウコローピンと読むらしい。マーキーモウコローピン。読んだ端から覚えようという気持ちが冬の夜風に散っていく。

 それは高田馬場にあった。高田馬場には嫌な思い出しかない。大人計画を旗揚げした25、6歳の頃、この町のハンバーガー店で清掃のバイトをしていたのだが、学生の客に「このポテト食べてみてくださいよ。冷えてんですよ」と、いきなり口の中にフレンチポテトを突っ込まれたのだ。多分早稲田の学生だ。私はただの清掃のバイトなのに。しかし、なにも言えなかった。3流大卒の田舎者の私は、彼らの未来が眩しすぎて、ただ「冷えてますね」と返すしかなかった。そんなことばかりだった。私の青春は、ほぼ屈辱で染め上げられている。今は、早稲田出身の編集者もまあまあいるだろうマガジンハウスの金で食べ歩きできる身だ。あの日飲んだポテトという名の苦渋を思えば、怪しさに躊躇している場合ではない。マーキーモウコローピン。繰り返せば、なんだか勇気が出るおまじないみたいだ。店内は天井からつるされた赤いランタンなど中国的な内装。いつも店選びのコーディネイトをしてくれるS社長はいう。

「ここは内モンゴルの料理ですね」

 内モンゴル。では、外モンゴルというのもあるのか。

「それは、ただのモンゴルという独立した国で、内モンゴルはその南、中国内の自治区です。だから、中華料理の影響がある」

 ここもウイグルのように中国に取り込まれた国だったか。ウイグル料理屋のオヤジは、故郷の国を語るとき、とても哀しい目をしていた。それを思えば、かつては中国全土を征服したこともあるモンゴルという国の哀愁というのを感じてしまうが、料理に罪はない。今は楽しもう。

 いつも、取材して文章を書くまでの間にまんまと味を忘れてしまうので、今回は思い出しやすいようにアイフォンのビデオを回してみた。

 まずは、いつものようにビールで乾杯。編集者でもあるママがまず気にいったのは、麻辣鸭脖。アヒルの頸の部分をぶった切って焼いて、麻辣で味付けしたものだ。麻辣とは花椒と唐辛子を使ったスパイスのことらしい。非常にいい香りだ。骨が大部分をしめるので、コリコリ齧り回しながら肉を歯でこそぎ取る。「おいしいけど、どこまで食べていいのか正解がわからない」とママ。皆無心に肉を探すのでビデオを回しているというのに静寂が訪れる。「うるさいやつに食わせるものランキング」に蟹に次いで鴨の頸も加えたい。

 酒の飲めない担当Kは、バター茶というものを頼んだ。少しいただいたが、バターと茶の香りが混ざると濃いお出汁のようで、実にほっこりする。ああ、これ、寒い夜、パオの中で飲むやつだなあ、なんてことを想像し、モンゴルの夜の星の多さを椀の中に幻視する。

「うまいなあ・・・」

 板春雨ときゅうりの和え物は、ぶっとい春雨を中華風に和えたシンプルな料理だが、板春雨の食感は、透明感のあるきしめんを食べているようで、ベラベラベラと吸い込み、口中でグニグニュグニュとなる。こういう食感は洋食ではまず味わえない。

食感、おもしろい」

 でもって、寒いので鍋っぽいものをと、牛バラの麻辣鍋煮というものも頼んだ。社長が言うに、中国東北料理だとのこと。辛い! そして、酸味。酸辣湯麺好きの私にはたまらない味だし、牛バラの鍋など食べたことないのでどんどん食べたいのだが、鍋の熱さで、酸味の効いた花椒と八角の香りが立ちのぼり、全員が咳き込みだす。

「ごほっ、うほっ、う、うまいですね、ごほっ」

 この辺りでうっすら気づき始めたが、食べるたびカメラを向けられて、無理やりひねり出す私の味に対する語彙力・・・。後からパソコン上で感想をひねり出しているが、現場では皆が期待の眼差しで見つめる中「うまいですね」「いいですね」「ナイスですね」しか言えてない。だんだん、語彙力の羞恥プレイを受けているような気持ちになってくる。

 麺もあるとなれば当然食う。羊のタンメン。うどんとラーメンの中間くらいの麺がやたら長い、それがいい。が、スープを飲もうとするとまたカメラ。うう。プレッシャーの中、一口飲んで絞り出した言葉が、

「・・・ポロ一?」

 本当なのだ。本当にサッポロ一番塩ラーメンと同じ香りがしたのだ。これには一同も納得していただいた。

 トリは、この店の看板メニューの羊肉の肉餅である。平たく延ばしたお焼きみたいな見てくれで、550円にしてはなかなかな量だ。俄然、カメラが私に向けられる。ほとんど、刑の執行、みたいな気持ちで口に入れる。で、やんぬるかな、出て来た言葉は、

「あちっ!」

 だった・・・。もう、ビデオで撮るの絶対やめる! あ、肉餅、ジューシーでうまかったです。

 屈辱の町、高田馬場には、語彙力の屈辱も、また似合う。

手扒羊肉

ラムの旨蒸しはモンゴルを代表する料理の一つ。一度煮てから蒸し上げた羊肉は臭みもなく、塩やオリジナルのチリソース(これが合う!)で食べると酒がすすみすぎて困る。2,800円。

蒙古肉餅

店名にも掲げられた肉餅は必食。具はシンプルに長ネギと肉のみ。出来たてはサクサク、少し置くとしっとり。牛と羊の2種類から選べるが、やはりここは羊がおすすめ。550円(1枚)。

黄瓜拉皮

板春雨とキュウリの和え物はさっぱりとした酸味が後を引く中華スタイルの一品。幅が広くて肉厚でプルプルとした食感も楽しい板春雨は松尾さんもお気に入りの食材。680円。

内モンゴル産のお茶とバター、牛乳で作られる栄養たっぷりのバター茶。絶妙な塩加減と濃厚さがちょうどよく、満場一致で「酒を飲んだシメに欲する系!」に認定。大800円、小600円。

馬乳酒

馬の乳を発酵させて造られる馬乳酒。こちらは度数も38〜40度と控えめで飲みやすく、革のボトルケースが美しい。ただし現地から取り寄せているため、在庫は要問い合わせ。5,800円。

羊汤面

自家製の手打ち麺で作られる羊の入ったモンゴルスタイルのタンメン。上品であっさりとしたスープは松尾さんに「まるで“ポロ一”」と評された安心感。もちもちの麺もおいしい。980円。

麻辣鸭脖

実はアヒルの首は中国ではよく食べられる部位。それを様々な中華スパイスでじっくり煮込んだ、辛くて痺れる麻辣風味の完璧な酒の肴。食べ始めると手が止まらなくなる。880円。

麻辣牛腩砂鍋

牛バラ、春雨、白菜を麻辣味に煮込んだ鍋。辛さの中に花椒・八角などのスパイスが効いていて体がポカポカになる。時間をかけて仕込むというスープの旨味もすごい。1,280円。

馬記 蒙古肉餅 高田馬場

「現地の家庭的な料理を味わってほしい」と語る馬社長。草原を描いた壁紙や狼のタペストリーなど自国から取り寄せたインテリアは異国情緒たっぷり。
東京都新宿区高田馬場2−14−7 新東ビル5F☎03・6380・
3360。11時〜15時、17時〜23時。火曜休。

MEMO
2008年に来日した馬社長。内モンゴル時代から料理の仕事に携わっており、日本ではなかなか食べられないモンゴル料理、特に田舎のおいしい家庭料理を召し上がってもらいたいと、まずは2014年池袋にオープンした。そして2年後の2016年にこの場所に移動、オープン以来ずっと、笑顔が素敵な奥様と二人三脚で営業している。羊の旨蒸しや火鍋といった代表的な料理から中華系のラインナップまで充実したメニューが楽しい。

SUZUKI MATSUO

1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。今秋公開予定の映画と同名の小説『108』が先行発売中。芥川賞候補作『もう「はい」としか言えない』、ほか『出会って別れて、なぜ悪い?』など。岩井秀人作・演出作品『世界は一人』(東京芸術劇場、〜3月17日)出演。

photo/
Shin-ichi Yokoyama
text/
アーバンのママ

本記事は雑誌BRUTUS889号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は889号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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服があるのに、着たいものがない?(2019.03.15発行)

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