エンターテインメント

本当に恐ろしいのは、戦禍の中にあるあちらか、無自覚なこちらか?

BRUTUSCOPE

No. 889(2019.03.15発行)
服があるのに、着たいものがない?

シリア人移民労働者の現実を、革新的な手法で捉えた『セメントの記憶』から、2人の写真家が思い描いたこと。

ベイルートの青空を突き刺すように聳え立つ建設中の高層ビル。その建設現場と労働者を追いながら、シリア移民労働者の父の思い出がモノローグで語られる。内戦を逃れベイルートに亡命した(現在はベルリン在住)シリア人のジアード・クルスーム監督が目の当たりにした現実を、シャープな映像と削ぎ落としたサウンドで構成した映画『セメントの記憶』。世界60ヵ国で上映され、グランプリ34冠に輝いた本作について、2人の写真家、宮本隆司さんと港千尋さんが語る。

港千尋
非常にストイックな印象のドキュメンタリーです。シリア移民労働者は外出を禁じられ、建設中のビルの地下に住み、夜は穴蔵のような部屋で、アルジャジーラとレバノンの国営テレビのニュースとネットでひたすら祖国の情報を得ている。現代の奴隷と言っていいような生活です。監督は彼らの肉声を聞いたのだろうけれど、作品には収録せず、無言のままニュース映像を見つめる虚ろな目だけを写している。ドキュメンタリーの手法をとったアート作品といえますよね。
宮本隆司
私は、ビル地下で閉じ込められた生活をしている移民労働者がいるということを今回初めて知りました。美しく切り取った、ベイルートの建設現場の映像と対比するように、故郷アレッポの内戦が映し出されます。戦車から砲弾を発射して建物を破壊する場面や、建物の下敷きになった子供を救出する場面など、どうやって撮ったのだろう? と思うような画が挟まれていました。
僕は、2011年に企画展に呼ばれてベイルートで滞在制作をしたことがあります。市内には、内戦で受けた銃弾の跡だらけのボロボロの建物もありました。その一方で、復興バブルで埋め立てられ、開発されたお台場みたいなところもあった。きれいな土も、手ですくってみると、ガラスやタイルの破片が混じっているんです。戦争の瓦礫で埋め立てていると知り、衝撃を受けました。
宮本
日本は地震国なので、あれだけの高層ビルは鉄骨で組みますが、中東ではコンクリートのみのビルが多いのでしょうか?
多いですね。カタールやクウェートで見た建設現場のビルにも鉄骨はなく、驚きました。壊しやすくて建てやすい。リサイクルしやすいんです。アレッポもそうですが、破壊されるとまるで中世都市の様相。時代がわからなくなってしまいます。
宮本
私は30年以上前に、廃墟を撮影して『建築の黙示録』という写真集を出しました。ただ、それらは意図的に解体して廃墟となった建物で、戦争で破壊されたものを撮ったことはありません。一見、差異はないように見えますが、意味合いはまるで違います。
映画の中の建設途中のビルは、人がいないと、それが完成前なのか廃墟なのかがわからなくなる瞬間がありました。監督は意図的にそんなふうに撮影したのでしょう。どことなく不安を感じさせる光景でした。内戦でシリアにいられなくなった男たちがベイルートでビルを建設し、故郷は内戦で家が壊されている……。誰かを敵にして非難するのではなく、「テイスト・オブ・セメント(原題)」とセメントに焦点を当てているところが、この映画の非常にアート的な戦略です。これにより、たとえシリアやレバノンの歴史を知らなくても、遠い国の人々にもメッセージが伝わります。
宮本
無意味なことを繰り返す人間の業。根源的な問題を提起していますね。
セメントがいかに暴力的なものか。いまの日本なら、辺野古に投入された土砂を想起させます。もう一つ印象深いのは、モノローグで語られる、父の手の匂いの記憶。普通、家族の思い出は、プルーストのマドレーヌなど、甘い香りです。でも、語り手にとっては、セメントこそが、外国から出稼ぎで帰ってきた父の思い出の匂いだった。そして自分もまた異国でセメントまみれになり働いている。このストーリーは忘れられません。
宮本
労働者たちは、夜は閉じ込められた地下でネットのニュースを見続けていますが、これは日本の都市の我々と変わらないかもしれませんね。束縛はされていないのに、スマホの中にだけ意識が向けられている状態です。
港 
たしかに、電車でも街を歩きながらも皆スマホを見続けている。僕は、この状況はソルジャー(兵士)なんじゃないかと思います。アメリカが開発したインターネットの技術は、元を辿れば戦時のコミュニケーションツール、無線から進化したものです。現代日本人はアメリカのソルジャーと限りなく近い状況に置かれているのではないでしょうか。
宮本 
経済戦争の真っただ中でもありますしね。
ソルジャーたちがスマートフォンを扱うことで位置が確認され、ネットを使うことでGAFAの利益につながっていく。閉鎖的な状態という意味では、映画の中の労働者たちと変わらないかもしれない。他人事ではありません。
宮本
ベイルートの移民労働者たちは、故郷のシリアが戦場であり、死と隣り合わせだという意識があるけれど、日本にいる私たちは、危機意識はまるでありません。むしろ、こちらの方が問題で、逆に恐ろしい気がしますね。
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『セメントの記憶』©2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion

監督:ジアード・クルスーム/内戦を終えたベイルートは建設ラッシュ。海辺に建設中の32階建てビルにはシリア移民を含む200人以上の労働者が働き、地下で穴蔵のような生活を強いられていた。圧倒的な映像美で驚愕の真実を静かに伝える。3月23日、ユーロスペースで公開。監督の初日舞台挨拶あり。

photo/
Shimpei Suzuki
text/
Tomoko Kurose

本記事は雑誌BRUTUS889号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は889号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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