ファッション

新しいチャプターを始めたくてしょうがなかった。

ジョン・ガリアーノ、かく語りき。〜メゾン マルジェラが提示する新しい服の価値観〜

No. 889(2019.03.15発行)
服があるのに、着たいものがない?
メゾン マルジェラ初のCo-ed「アーティザナル」ショー。鮮やかなプリントや青いプードルで現代のカオスを表現。

メゾン マルジェラが発信する'THE MEMORY OF...With John Galliano'と題したこのPodcastシリーズより、本誌では掲載しきれなかった、ジョン・ガリアーノが語る「アーティザナル」Co-edコレクションのエピソードの和訳全文を掲載。

'THE MEMORY OF...With John Galliano'
Maison Margiela SS19 ‘Artisanal’ Show


TUNE IN NOW TO HEAR JOHN GALLIANO

https://itunes.apple.com/gb/podcast/the-memory-of-with-john-galliano/id1401921399?i=1000414290876&mt=2


2019年1月22日

新しいグラマーを提案しようと追求し続けてきた過程で、私たちが発見したものは、今やもう、メゾン マルジェラの血管を流れる血となった。だから私は、新しいチャプターを始めたくて仕方がなかったんだ。なぜなら、世の中にすごいエネルギーが満ち溢れているのを感じていたから。それで考えついたのが「デカダンス」という概念だった。でも、それはどういう意味を持つものなのだろう?

私たちはまず、デカダンなアートやデカダンな映画、デカダンな文学といったものを調べた。と同時に、私は友人からある一冊の本を紹介された。ジョリス=カルル・ユイスマンスの’À rebours’(邦題『さかしま』)という小説で、「ジョン、とにかくまず第10章を読んで。あなた絶対好きになるから」と言うので、読んでみた。読んだ後、私は言ったんだ。「好きだけど、でもこれって、まさに私自身のことだよね」と。これまでの人生でいろいろな呼び方をされてきたけれど、デカダンなデザイナーと言われたことは一度もなかった。彼(小説の登場人物)は家の中に香水を振りかけるので、友人は私にこの本をくれたんだと思う。私たちが愛するイジー(イザベラ・ブロウ)は、仕事が終わると『ヴォーグ』のデスクの上をシャネルのN0.5できれいに拭いたものだけれど、それはある種のデカダンだと思ったんだ。「でも、ジョン、あなただって家にお客様が来る前に、外に出て通りに香水をふりかけるじゃない」と。それをデカダンだと思う人がいるなんて。私にとってはまったく当たり前のことなのだから。

その本はボードレールに影響を受けていて、夢が現実になるという概念に根差していると感じた。それで、僕はZ世代と世紀末の不安感ということについて考えてみた。この不安感というものは、まさに今起こっている現実を映し出しているんじゃないかと思ったんだ。私たちのチームは、デカダンスというのは繰り返されるものだと確信した。周期的にやってくるものだと。この概念にとてもワクワクして、今起こっていることは、まさに過剰とか巧妙なごまかし、腐敗の現れであり、氾濫するイメージに圧倒されるあまりに吐き出してしまいたくなるような状況だと確信したんだ。そして、その過剰さや圧倒されるという概念にこだわったら、もしかしたら、過剰を反転させるという考え方が生まれ、それが何かもう少しミニマルなものにつながるのではないかと考えたわけだ。
でも、そこに辿り着くためには、今生きている世界のこのカオスな気分というものを創り出さなくてはいけないとも感じた。

過剰な消費、過飽和、過剰な刺激、過剰な気ままさといった感覚にとてもインスパイアされた。特に過剰な気ままさと、そこからくる遊び心に。だから私には、この概念をすべて鏡に映し出す必要があった。それが、何がリアルで、何がそうじゃないかを描き出す方法だったんだ。リアリティと、ノンリアリティをね。

捏造された情報の断片が現実の世界と置き換えられると、理屈の上ではそれが新たなリアリティになる。そして、私たちはそれを信じる。不安だよね? でも、私が周りにいる若者たちに感じるのは、真実かどうかなんて重要ではなく、本物の起源なんて余計なことで、大事なのは結果だということなんだ。

こういうことは、インターネットやSNSなど、テクノロジーの進化とともに簡単になった。新しいテクノロジーがリアリティと捏造を置き換えるプラットフォームを創って、別のリアリティを生み出している。

別のリアリティということで、私はデカダンスに立ち返り、ある服の中にカッティングによって別の服の記憶を作るという考え方をさらに進化させた。例えば、もとはスケートボードパンツだったものが、ノマディックになって上に移動し、ドレスになる。だから、ウエストバンドや前立てが見える。私たちは前立てとインナーレッグのシームをほどいて、ボディのサイドに移動させた。つまり、リアリティを改ざんして新しいリアリティを提供しているということ。それが今、世界で起こっていることなんだ。

メンズのコートはスカートになっている。モデルはピーコートを着ているけれど、ピーコートのボトム部分がボディの上の方に移動している。型紙を広げたテイラーがするようなことやっているんだ。平置きしてカッティングしたようなもので、この袖は、いい?床の上に一枚のファブリックがあると想像してみてほしい。その平らな生地の上に、私は袖のイリュージョンをカッティングする。すべて、フラット。腕を下げている時は隠されているけれど、動いた時にだけそれが見える。それは、コートを想起させているだけで、実はそれを通して他のものを見せているんだ。

それから私は、誰もが着られるジェンダー・フリュイドな服を創ろうと研究した結果、コンビネゾンを思いついた。つまり、ワンジー(オールインワン)だ。

プードルも印象的だよね。すごくデカダンだと思わない? ショーのために毛の色を染めたプードルがクリップされている。背景になっているのは、私が「ペン・グレイ」と呼んでいる色。クラシックなMr.ペン(アーヴィング・ペン)だ。彼がスタジオで家具に布をかぶせて背景として使ったようなイメージかな。その前に人を立たせて写真を撮るのが彼のやり方だった。とても楽しかった。背景は、とても不安な落ち着かない色で、それにインスパイアされて、濃いオーバーダイで仕上げたファブリックもあるんだ。

デカダンは、ジャカードにも見て取れる。織機やジャカードを劣化させるということにも真剣に取り組んだ。クラインブルーのプードルの大胆で遊び心ある使い方にも見られるよ。さっき私が言ったことを思い出してほしい。僕はカオスを創りだそうとしていたんだ。

プリントでも遊んでみた。「シークエンス・プリント」と名付けたのだけれど、ぴっちりとフレームには嵌め込むようにイメージをデジタル処理するというアイデア。コートの記憶をあらわにするということを探求してみた。3D効果のようなものだね。

ここでは、本物のクチュールの伝統というものも見ることができる。もとはコートだったものを素早くカットして、ショーツに。その下にはもう一枚レイヤーがあって、トップにはポケットを4つ付けて素晴らしいボリュームを出した。でも、それぞれのプリントがマッチするようにフィルターを付けている。近くに寄ってみると、デジタル画像のようにチカチカ光る。さらに、プードルがジャケットの上やパンツの上、あるいはソックスやシューズの上にもほどこされたりしていて、それらがすべて鏡に反射されるんだ。つまり、リアリティを改ざんしている。とてもおもしろいよね。

それから、どうしてそうなったかということは聞かないでほしいのだけれど、とにかく18世紀の言葉を思いついた。嘘、からかい、危険な関係、といった言葉をね。扇子越しのささやき、真実と嘘、作り話。そういったものが、リボンを通して服を閉じることにつながった。コルセットのリボンやコルセットを締めることを想起させるのかもしれない。でも、とてもモダンなやり方で。私はモダンに見えたらいいと思っているのだけれど。

デカダンスは周期的に循環するという性質を持っている。過飽和状態になると、人は何かもっとシンプルなものが欲しい気分になるのかもしれない。

先に名前をあげたアーティストや作家たちも、もうたくさんだと思うほどデカダンを満喫したと思う。あらゆることをやり尽くし、行き尽くしてしまうと、全部を一掃したいというポイントにたどり着く。するとそれが、新しい方向性への道を開くことになるかもしれない。私はそれをカッティングと布で表現しようとしたんだ。

それを説明すると、ジャケットがどんどんどんどんシンプルになっていって、最後にはそのイメージとバイアスカットだけが残る。色さえもどんどん流れ落ちていってしまう。そして、ワンジーに行き着くんだ。ワンジーはスタート地点だったところ。つまり、そこから始まってどこか別のところに辿り着いたということが、僕たちの初めてのデカダンスな世界への冒険を示していると言えるかもしれない。

「デカダン・カッティング」というのは、トレンチやスケートボードパンツのリアリティや、それらがどう受けとめられているかをあえて修正してカッティングすること。それこそが、デカダン。新しいリアリティかもしれないことを提案するのは、デカダンだと思わない?

リアリティを改ざんした服。クチュリエのハサミさばきは恐れを知らない。なぜなら、ハサミはリアルで、オーセンティックだから。こういうものは絵に描くことができない。やってみなければわからないことだから。それは私がチームに言い続けてきたことでもある。彼らはそれを見て、「ジョン、それ本当に? どうやってやったの?」と言う。でも、それはとても単純なことなんだ。怖がっていたり、きちんと見ていないだけで、複雑なことじゃない。だから、彼らが後で「ジョン、本当に簡単だね。こんなに簡単だなんて知らなかったよ」と言うと、楽しいし、本当に嬉しい。怖がらずにやってみるべきなんだよ。

これが、メゾン マルジェラとしては初めてのCo-ed(男女共通)「アーティザナル」ショーだ。

「アーティザナル」としてアイデアのラボラトリーを持つことの理由と重要性が、今日ほど意味を持つ時はない。だって、私たちの未来は分からないでしょう?

Music and sound arrangement for the podcast BY Jeremy Healy
Produced BY Tayo Popoola
KCD Digital conceived ‘THE MEMORY OF… With John Galliano’ podcast series for Maison Margiela

バイアスカットのジャケット。テーラリングのステッチがもう一つの服のイメージを表現。

John Galliano

ジョン・ガリアーノ/1960年生まれ。84年、セントラル・セントマーティンズのモード科を首席で卒業し、翌85年ロンドンコレクションに自らのブランドでデビュー。ジバンシイ、クリスチャン・ディオールのデザイナーを経て、2014年メゾン マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任。

photo/
Ola Rindal

本記事は雑誌BRUTUS889号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は889号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.889
服があるのに、着たいものがない?(2019.03.15発行)

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