ファッション

「アーディザナル」とはクラフツマンシップに根ざしたもの。

ジョン・ガリアーノ、かく語りき。〜メゾン マルジェラが提示する新しい服の価値観〜

No. 889(2019.03.15発行)
服があるのに、着たいものがない?
トレンチコートとオーガンジーの組み合わせで、メンズウェアに新しいセンシュアリティを表現。

初の「アーティザナル」メンズショーの発表とともにローンチされた、メゾン マルジェラが発信するPodcast。
'THE MEMORY OF...With John Galliano'と題したこのPodcastシリーズより、本誌では掲載しきれなかった、ジョン・ガリアーノが語る「アーティザナル」メンズコレクションのエピソードの和訳全文を掲載。

'THE MEMORY OF...With John Galliano'
Maison Margiela ‘Artisanal’ Men’s Show


TUNE IN NOW TO HEAR JOHN GALLIANO

https://itunes.apple.com/gb/podcast/the-memory-of-with-john-galliano/id1401921399?i=1000414290876&mt=2


2018年6月22日

メンズウェアを取り巻く環境に変化が起きていて、様々なメゾンから新しいエネルギーが生まれてきていることに私はとてもワクワクしている。メンズウェアが本当におもしろい時期だから、「アーティザナル」をメンズにフォーカスするのにちょうど良いタイミングだと思ったんだ。「アーティザナル」は私が確信をもっているクリエイションであり、以前からショーで表現する機会を持ちたいと思っていたからね。もちろん、プレタポルテも発表するけれど、皆がこのコレクションで見るものが、鍵となるシルエットなんだ。
コレクションは柾目とバイアスのテイラリングから成り立っている。バイアスは本当に面白い、私が探求し続けているカッティングのジャンルなんだ。
このコレクションの続きは9月のウィメンズショーと一緒に発表する予定で、メンズとウィメンズ共通のCo-edショーになる予定だよ。
私は今、「アーティザナル」とは何かを定義づけようとしている。それはクラフツマンシップに根ざしたもので、メンズのドレスメイキングの最高峰。その根幹はテイラリングにあって、バイアスカットをより深く探求し、メンズのドレスメイキングに取り入れようとしている。その研究の過程で、生地やその関係性にまったく新しいランゲージが生まれるから、学びの日々でもある。
お気に入りはクレープバックサテンだけれど、他の生地にも興味がある。中でもツイードは、デイウエアとしてバイアスカットで再解釈してみたいと思っていた生地の一つ。つまり、着る人のためだけに作られ、着る人だけにフィットして、着る人の生活だけに機能する服。メンズのための「アーティザナル」の哲学は、元々、現代のビスポークとは何かを提案することでもあって、その信頼性に根ざしている。カッティングを通して、新たなマスキュリニティ、あるいはフェミニティを再定義するきっかけになる方法だと思っている。
1986年頃だったと思うけれど、ロンドンで’Falling Angels’というショーをやったことがあった。その時私は、袖をアーチの途中の部分でカットし始めたんだ。そのフォルムがすごく気に入っていたからね。袖を通すと、肘のあたりにドレープができるのだけど、それを見た誰かが「バイアスだからそのシルエットができるんだよ」と教えてくれた時、ちょっとした衝撃が走った。さらに、「マドレーヌ・ヴィオネの仕事をチェックすべきだよ」と言われたのだけれど、私は当時その名前を知らなかったので、さっそく調べてみた。すると、まったく新しい世界が開けたんだ。デザイナーのマドレーヌ・ヴィオネ(1876年〜1975年)は数え切れないほどのランジェリーにバイアスの技術を用いて、それを発展させた人。バイアスカットの女王だ。彼女が創り出すバイアスは、それはもう、この上なく美しい。

もしナプキンがあったら、四角のまま持って、左端と右端を同時に引っ張ってみる。それが柾目の原理。そして次に、ダイヤモンド形に方向を変えて対角の両端を引っ張ってみてほしい。それがまさにバイアスの原理で、生地が持つ自然の弾性というもの。その自然の弾性こそ、男性が着られる最高にモダンなガーメントになるんだ。開放的で、軽い。着る人独自のラインを与えてくれる。リラックス感があって、官能的。クレープバックサテン生地の優れた点は体温に反応するところ。織物の特性として、ボディを入れた瞬間に体温によって生地の繊維が壊されて、形を作るようになる。水銀オイルみたいなものだよね。生地を織ったり、彩色したり、染色したりした後、バイアスに吊るすことで伸びて落ちるから、ボディに着せつける前に7日間くらいは吊るしておかないといけない。それからボディの上でフォルムを形成する。そして再び、ボディからはずして吊るす。その度ごとに生地を吊るしておかないといけないんだ。それを怠って、普通のプレタポルテのように縫ってしまったとしたら台無しになってしまう。作業の都度、吊るしては伸ばし、吊るしては伸ばし、の繰り返し。そしてついに、ボディの上で形を作り直す作業に移る。でも、仮縫いするだけで絶対に縫製はしない。仕付けだけして、大きなタックのマークを付ける。モデルに着せてフィッティングもするけれど、縫わない。仮縫いだけのままで、ショーの24時間前までそのままにしておく。その頃までには生地は最大限に伸びている。おもしろいよ、本当に。

バイアスについての学びに終わりはない。だって、生地はそれぞれ異なる反応をするからね。生地はどれも、裁断する度に違う反応を見せる。そこから異なる対話が生まれるのだから、とても注意深くならざるを得ない。生地はまさに生きもので、本には書いていないことを教えてくれる。いつも魅了されっぱなしだよ。今回、英国製のツイードを使っているのだけれど、私が使い慣れたクレープバックサテンとはまったく違う反応を見せた。今回の作品は、本物との対話から発展したものなんだ。生地の高貴な振る舞いに対して敬意を払う。人が生地に何かを強いるのではない。生地が人にどうすべきかを教えてくれるんだ。それこそ、本当の贅沢だ。

パーティーの翌朝早くにコートを羽織る、背筋がゾクゾクするような瞬間。袖には手を通さない。ただ肩にかけて羽織るだけ。コートには肩や肩パッドのラインの記憶だけが残っている。ヒロイズムと密接なつながりのあるケープのようにも見える。そんな肩のラインの記憶というものを描き直し、ジャケットに反映させて、再現したいと思った。クロンビーコートのシルエットに近いものだね。私たちは普段、慌てて服を着ることがあるけれど、カッティングはそんな、何気なく服を着る行為にインスパイアされている。例えば、ハンフリー・ボガートがタバコを持ってコートを羽織った昔の写真をイメージしてほしい。無意識のあの行為こそ、「羽織る」ということ。大切なのはアティチュードで、それを僕はコートで表現しようと思った。僕たちには誰にでもアティチュードがあるものなんだ。背中のシルエットはケープのようだけれど、抑制され、ボリュームがコントロールされている。「アーティザナル」のメンズウェアはそうあるべきだからね。今回、着物の生地を解体して再利用したのだけれど、とても美しい。ライラックとパーマーのような色彩なんだ。美しいモヘアは着古されているから、あの形を表現するのに役立って、トップはぐっと下に落ちている。

現代におけるセクシーとは何だろう?どういうものを意味するか、意味することができるか、再定義する時が来た。ミレニアル世代やCジェネレーションにとって、ゲイ同士の結婚なんてもう過去のこと。古いニュースでしかない。これは皆で乗り越えてきたことではあるけれど、それでも、彼らの世の中に対する見方はまったく違っている。もちろん、理解はできる。でも、彼らと同じ立場に立ってものを見ることはできない。そうでしょう? 彼らの周りで生きることしかできないんだ。私たちのメゾンには優れたインターンがいて、彼らと日々交流を持っている。メゾンには1年中、とても才能のあるインターンたちが来ているから、彼らも深く関わって一緒にコレクションを作り上げている。毎日、彼らと交流を持ち、話を聞いているんだ。彼らが私のやることに夢中になっているのと同じくらい、私も彼らの考えていることに夢中だよ。日々、会話の交換が続いているのは素晴らしいことだ。本当に素晴らしい。

METボール(NYのメトロポリタン美術館で開催されるファッションの祭典)に参加していた若者たちにも驚いた。ブラックタイというドレスコードを、異なるボリュームで、自分たち流に解釈していた。テーマと何らリンクしていなかったし、まったく関連性のない着方をしている子たちもいた。彼らなりのブラックタイの解釈をしているから、見ていてとても刺激的だった。本当に素晴らしいよね。先入観や既存の観念とは別の選択肢もあるという考え方が根付いていて、ああいう子たちに僕たちが別のボリュームの選択肢を与えられたらいいなと思うんだ。私はサヴィル・ローのテイラーである<アンダーソン&シェパーズ>のスーツを着て行ったのだけれど、イベントに着ていく服は他にも当然色々な選択肢があるよね。あれは本当に見ていてエキサイティングだった。前回出席した時から変化していたことにワクワクしたね。見事なMETボールだった。他にも選択肢はあるけれど、自分なりにドレスコードを解釈できるというその感覚が好きなんだ。今でも、ジャケット着用が義務のレストランは存在する。ショートパンツを履いている時にドレスコードに遭遇したら、立ち入るのを避けてしまうよね。でも私は、ある種のドレスコードが存在することも好きだし、ある特定のドレスコードを自分なりに解釈できるという考え方や感覚も好きなんだ。何がフォーマルかというのは、何がマスキュリンかということと同じ概念。様々な議論が生まれるテーマだ。現代におけるフォーマルとは何か。逆に、フォーマルでないものとは何か。

ストリートカルチャーが私たちに常にインスピレーションと影響を与えてくれる。なぜなら、そこにはエネルギーがあって、キッズのスピリットが溢れているから。彼らが壁を背にしてクリエイトしているのを知っているでしょう? 自分たちを表現しているんだ。そのエネルギーが私のクリエイションに常に影響を与えている。政治や社会に影響を与えることも多い彼らから、将来のマスキュリンとフェミニン、フォーマルとインフォーマルの新たな概念を生み出すヒントをもらっているんだ。ウィメンズの「アーティザナル」と同じように、今回見せたものは、私たちにできることのほんの一例にすぎない。もちろん、刺繍、生地、いずれも着る人なりの解釈ができる。ある人は、私が着物を使ったことは気に入るかもしれないけれど、ある人は、マッキントッシュのシルエットはあまり好きじゃないかもしれない。またある人は、スーツが欲しいと言うかもしれない。そう、それは私の仕事なんだ。私はただ、技術を駆使してドレスメイキングをしているだけ。メンズと呼んでいるけれど、そもそも、私はそれをレディースでやってきたからね。でも構わないじゃないか?先入観や規定された男性らしさと女性らしさという考え方ではなく、現代におけるマスキュリニティとフェミニティとは何か?この思考の挑戦こそが、新しいセンシュアリティやジェンダーを見出だす旅の始まりになればいいと願っている。カッティングを通して、男性らしさや女性らしさに対する固定観念を壊すこと。それこそが、私が学んできた技術であり、今もなお学び続けていることなのだから。

Music and sound arrangement for the podcast BY Jeremy Healy
Produced BY Tayo Popoola
KCD Digital conceived ‘THE MEMORY OF… With John Galliano’ podcast series for Maison Margiela

会場にはトニー・マテリによる彫刻作品が。すべて大理石とコンクリートでできている。

John Galliano

ジョン・ガリアーノ/1960年生まれ。84年、セントラル・セントマーティンズのモード科を首席で卒業し、翌85年ロンドンコレクションに自らのブランドでデビュー。ジバンシイ、クリスチャン・ディオールのデザイナーを経て、2014年メゾン マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに就任。

photo/
Shunya Arai

本記事は雑誌BRUTUS889号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は889号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.889
服があるのに、着たいものがない?(2019.03.15発行)

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