東京

【合羽橋】「続・バーチャル談議」in入谷の洋食店。

細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」

No. 888(2019.03.01発行)
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鬼子母神と朝顔市で知られる入谷エリア。

音楽家と人類学者の時空を超えたぶらり旅。今回は合羽橋編その2。日本一の道具専門の問屋街を冷やかした後、北西の入谷駅方面へ。定番コースの洋食屋へと入った2人の、前回から続く「現代バーチャル論議」がさらに深い展開を見せる……。

鬼子母神と朝顔市で知られる入谷エリア。

南北約800mにわたる〈かっぱ橋道具街〉の北端、金竜小学校前の交差点の北西側が入谷エリア。「恐れ入谷の鬼子母神」の洒落で知られる万治2(1659)年創建の入谷鬼子母神(真源寺)ほか、歴史的風情が多く残る。江戸時代末期より朝顔栽培が盛んになり、現在も毎年7月6日〜8日、真源寺を中心に言問通りに100軒以上の朝顔業者と100を超える縁日の屋台が並ぶ〈入谷朝顔市〉が開かれ、多くの人々が訪れる。

東京の中に、「レトロ」でなく「リアル」を探し求める。

中沢新一 
かっぱ橋道具街を北へ歩いて、入谷方面へやってきました。今夜は言問通り沿いの〈キッチンよしむら〉で食べるとしましょう。
細野晴臣 
洋食屋巡りの連載みたいになってきたな(笑)。この間までは遊郭の跡地巡りだったけど。
中沢 
いや、このバーチャルに囲まれた時代に、食と性がリアルなものの象徴としてあるのは確かなんです。性は今やバーチャルに取り込まれてきていますけれど。
細野 
かっぱ橋で売ってる道具はまだリアルなものだけど、今はツールもバーチャルなものばかりでしょ。音楽だってそうだよ。この間まで、新しいアルバムのレコーディングをしていたんだけど、そのことにすごく悩まされたんだ。
中沢 
どういうことですか?
細野 
今、人気のあるメインストリームの音楽をヘッドホンで聴いてみると、完璧にシミュレーションされたアルゴリズムによる、バーチャルな音場があるのがわかるんだよ。おそらくハリウッド映画の業界で開発されたものだろうけど、この10年くらいで、ポップスの分野にも取り入れられてきてる。重低音がすごく出ているように感じるけど、実際には出てなくて、倍音の成分を調整することで低音が出ていると感じられるような音像を作り出す、そういうソフトがあるんだな。
中沢 
いわば錯覚の低音ですね。
細野 
そう。これまでは空気が振動して音圧を体で感じていたけど、そのバーチャルな音像には身体的な実感はなくて、脳内で音圧を感じるだけ。だけど、それが実際、すごく気持ちいいんだ。これは音楽だけの話じゃなくて、ありとあらゆる分野で同じ原理の現象が起きてきている。そうした一種の画一化、グローバル化に対して、アンチの気持ちがあるんだけど、一方ではその魅惑に抗い切れない自分がいる。そこが苦しくて、悩んでいたんだ。
中沢 
このままAIが進化を続けていけば、確かにシンギュラリティはやってくるでしょうね。その意味で、現代は音楽を自然に作ることが難しい時代だとは思いますよ。音楽というのは本来、土地や自然との交感の中から生まれてくるものでしょう。自然の中にある、まだ音楽にもなっていない響きとかささやきみたいな根源的なものがあって、それを人間が受け取ることで音楽が立ち上がってくるはずで。そうしたことが今はなくなってきていて、AIのような技術によって、表面的な部分だけがバーチャルに再現されている。
細野 
確かに、そのバーチャルな魅力はすぐ飽きるんだよ。その場は楽しいけど、何も残らない。
中沢 
そうでしょう? 体が感受する響きは、バーチャルなものよりずっと情報量が多いですから。この連載にしたって、我々は別に東京の古いものを探し歩いているわけじゃなくて、リアルなものを求めているだけで。それをレトロだとかノスタルジーだとかと言う人がいるけど、そんな生やさしいものじゃないんですよね。その意味で、僕は今、老子と荘子を読んでいるんですよ。紀元前の中国で、政治が組織化されて、人間中心の世界観が構築されてきた時、そこに挑戦したのが老子と荘子だと思う。「無為自然」こそ、現代社会に必要な思想ですよ。
細野 
なるほど。参考になるな。
中沢 
魅惑と幻滅、細野さんはいつもその境界にいて、行ったり来たりしてる。僕もそうですけどね。魅惑に足を取られては幻滅し(笑)。YMOの時代から、「この音楽はもう終わるな」と感じる瞬間まで見届けるようなところがあるでしょう。
細野 
そうだね。またその時がやってきたのかもしれないな。

入谷駅近くの昭和の香り漂う喫茶店〈トロント〉の栗入りぜんざい(中沢さんいわく「これはぜんざいじゃなくて汁粉ですよ」とのこと)で温まる。ここでも2人がアツく語るは食の話題。「チャーハンと五目そばが最高なのは日本橋の〈大勝軒〉、餃子なら浅草の〈餃子の王さま〉がいい」と細野さん。

喫茶〈トロント〉から歩いてすぐ、昭和28(1953)年創業の洋食店〈キッチンよしむら〉。2代目ご主人と奥さんが60年以上変わらぬ味と店を守り続ける。細野さんは目玉焼きがのった「スペシャルハンバーグ」、中沢さんは「ハンバーグとひとくちカツ」を。開店当初から継ぎ足し続けるドミグラスソースは深みある味わい。

HARUOMI HOSONO

1947年東京都生まれ。音楽家。69年にエイプリル・フールでデビュー後、はっぴいえんど、ソロ、ティン・パン・アレー、YMOなどで活動。3月6日に新作『HOCHONO HOUSE』をリリース。

SHINICHI NAKAZAWA

1950年山梨県生まれ。人類学者。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治大学野生の科学研究所所長。『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)ほか著書多数。近著に『アースダイバー 東京の聖地』(講談社)。

photo/
Yurie Nagashima
text/
Kosuke Ide
edit/
Naoko Yoshida

本記事は雑誌BRUTUS888号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は888号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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