ほぼスリランカ化した店内で味わうカレーの祭典。
今回、S社長が連れて行ってくれるというのは、中目黒になんと28年前からあるスリランカ料理の店。スリランカカレーなるものがちまたではじわじわ流行っていると聞いているし、ちょうど「はっきりした味の料理が食べたい」と子供じみたことを思っていたところだった。はっきりした料理といえばカレーということに世の中決まっている。
駅に着くと先に店に到着していたママから「今、大変なことになってます」とライン。なんだ、どうした? と思いつつ、待ち合わせた担当Kと店に向かう。もはやエグザイルの町と化した中目黒の駅近くの路地に「セイロン・イン」はあった。
スリランカといえば、かつての首都はコロンボ。コロンボといえば、今となれば信じられない話かもしれないが、私は40代の頃「刑事コロンボ」の物まねをよくテレビでやっていたものだ。私が物まね? なぜ? 宮藤官九郎の書いた『マンハッタンラブストーリー』というドラマに私は、声優の役で出ており、その声優が、コロンボの吹き替えをやっているという設定で、別に物まねをしろとは言われていなかったのだが、どうも、ピーター・フォークの顔を見ると「ちょっと奥さん・・・」と、故小池朝雄のあの声が出てしまうのだった。
まあ、それは今どうでもいい話だ。
着くなり、ママの言っていることがわかった。15畳ほどある店の中は、スリランカ人だらけ。それがおのおの4人掛けぐらいのテーブルに6人ぐらいの密度で座ってしかも全員知り合いのようだ。いったいなにごと、と、担当Kに数えさせると、21人のスリランカ人がひしめき合い、ほとんどノンアルコールでやたら盛り上がっている。これがオセロだったら、店の真ん中のテーブルにいた我々は完全にスリランカ人になっているところだ。
で、あいかわらず、ズボンのチャックを開けたままのS社長が合流し、まずはスリランカビールで乾杯。酒があまり飲めないKはアボカドジュース。これが波紋を呼ぶ。乾杯した瞬間、アボカドジュースを思いっきり後ろの席のスリランカ人の若者のジャケットにぶっかけてしまったのだ。アイスティー、ならまだしもアボカド・・・。ギョロッとした目つきで振り返るスリランカ人。
「ぎゃぼーっ!」
Kが「のだめか?」というような声をあげ、必死に謝る。「なにごとだ?」と、数人のスリランカ男が振り返る。「ちょーっと待ってくださいKさん」私がコロンボの真似でとりなすが、一瞬店内に不穏な空気が流れた。が、Kが若い女性だったからか「イイデスヨー」とすんなり許していただけた。かなり紳士的なスリランカ人の微笑みにKはほとんど千秋先輩を見るような目つきになっているが、もたもたしている暇はない。注文だ。
ゴーヤのカリカリサラダ。揚げたゴーヤが香ばしくビールに合う。長い皿に盛りつけられたスナックの盛り合わせは、バラエティにとんでいて楽しい。鶏やポテトを香辛料で炒めて皮で包んで揚げたパティス、カトラスというスリランカでポピュラーな魚のコロッケ、カツオをスパイスで蒸したアンブレティヤルなどは酒の席にいつでもほしいアテ感濃厚な珍味だ。春巻きもある。こういうものを青唐辛子のソースやチリソースにつけて食べるものだから、ココナッツの焼酎アラックがよくすすむ。ズドンと存在感があるのは、人気メニューでどの席のスリランカ人も注文していたコットロティである。薄焼きのパンを刻んだもの、ふんだんな野菜、牛肉などをスパイスで炒め、ピラミッドの下半分みたいな形で盛り付けたもの。「カレー飯!」という言葉を飲みこんだが、これ一品だけ食べに来たくなるほどうまかった。次にスパイスと野菜でメカジキを炒めた汁気の少ないフィッシュシチューと、イカをマサラで炒めたカレー。だんだんと香辛料がドライブ感を増して来て、頭がボーっとしてくるので、ますますスリランカを旅している気分になってくる。いや、もうここはスリランカだ。
Kの聞くところによれば、このスリランカ人たちは、みな留学生仲間で、この日、日本の留学試験が終わって羽を伸ばしているところなのだとか。アボカドジュースもぶっかけられたことだし、赤の他人のスリランカ人たちだが、頭がボーっとしたついでに思うのは、なんとかみなさん合格してほしいものである。
料理のとどめは、カシューナッツのカレーだ。ふんだんにカシューナッツが入った贅沢なカレーを、ココナッツと小麦で作ったパンにつけて食べる。全体的にスリランカのカレーは、インドカレーより、うまくいえないが味が日本人に寄り添っている。同じ島国、というのもあるのだろうか。
一杯のカレーであれだけテンションのあがった子供の自分に教えてあげたい。「おまえ、大人になったら何種類ものカレー、一夜で食えるぞ。望めば毎月でも」と。まあ、でも子供の時分にはこんな辛いカレー絶対食えないだろうけれども。
セイロン・イン/中目黒
オーナーのアジさんはスリランカ南部の町・ガル出身。30年ほど前に日本語や仏教を学ぶため来日し、そのまま東十条の印刷所で働くようになった。20代半ばで知人のレストランを引き継がないかという話が舞い込み、その頃出会い結婚していた奥様の洋子さんとセイロン・インを開いたのが1991年。まだスリランカが日本で知られていない頃から大切に守り続けてきた味わいは、優しくて刺激的で食べ終わるのが悔しくなる。
コットロティ
コットは刻む、ロティはパン。ロティと野菜を鉄板の上で刻みながら卵やハーブ、特製ソース、カレーパウダーと炒め合わせる。ビーフ、チキン、マトン、ポークの4種。1,300円。
スナック盛り合わせ
カツオをスパイスでマリネしてからバナナの葉で蒸し3日も寝かせて作る保存食・アンブレティヤル(右)、スリランカのサモサ・パティス(中)など5種類の軽食が楽しめる。1,345円。
イカの甘辛香辛料炒め
スリランカではポピュラーな食材・イカと野菜を、数種類の香辛料から作るセイロン・イン特製のトマトチリソースで炒めた。酒の肴にもご飯のおかずにもパーティにもおすすめ。790円。
ゴーヤカリカリサラダ
カリッと揚げたゴーヤのスライスがインパクト大。スパイスとモルジブ・フィッシュ(スリランカのカツオ節)の旨味とライムの酸味がバシッと決まったおすすめの一品。850円。
フィッシュシチュー
シチューという名前とは裏腹に汁気の少ない魚のピクルス。シナモン、カルダモン、クローブ、ターメリック、マスタードなど贅沢なハーブ使いに痺れる。おつまみにぴったり。840円。
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本記事は雑誌BRUTUS887号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は887号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。