人生仕事

インキンタムシが極貧時代を助けてくれた。| 松本零士

TOKYO80s

No. 887(2019.02.15発行)
平凡ブルータス

松本零士(第三回/全四回)

上京して5、6年は本郷三丁目に下宿をしていました。ちょうど学生運動が盛んになる頃ですよ。最初は少女漫画が新人を受け入れていて、『少女倶楽部』の連載をやっていました。そのうち女性漫画家たちが出現してきてですね。うちの妻もそうですし、いろんな若い女性がね。編集部から教えてくれと言われて教えたんですよ。ところが男は全部、クビになっちゃった。その後、週刊の青年誌ができて、『セクサロイド』とかを描きながら青年誌に移動できました。タイミングが良かったんです。女性の方が女性の生活をよく知ってるでしょ?だからぼろ負けしましてね。だけど少女漫画を描いたことで、少年漫画でも女性をしっかり描けるようになったので、両方生きてきたわけです。あとは遺伝子の作動ですね。母親の実家の隣にお寺があって、10年ほど前にシーボルトの孫娘である楠本高子さんの銀板写真が出てきたんです。その写真がメーテルにそっくりで。先祖に関わりがあって、きっとその遺伝子が作動したんですよ。それと、映画『我が青春のマリアンヌ』のマリアンヌ・ホルトという女優さん。メーテルはこの2人の影響が激しかった。あと、八千草薫さんね。本郷時代は極貧でね、『男おいどん』の世界。それをインキンタムシが助けてくれました。あれ、治しようがないんですよね。メンソレータムとかを塗ってみるけど治らない。学生が全部かかってるんです。股ぐらを掻きながら交差点を歩いていたら警官に捕まりましてね。「お前、歩きながらマスかくやつがおるか」と怒られて。「俺は股ぐらが痒いから掻いてたんだ」と、服をまくって見せたら、「おお これはタムシか」って。そしたら新聞に「白癬菌、俗にタムシという」という記事が出てたんですよ。恥ずかしくて言えなかったけど学名なら言えると、薬屋に行って「白癬菌の薬をくださーい」って大声を出したんですよ。そしたらね、一発で治ったんで、それを『男おいどん』に描いたんです。それが大ウケ、タムシに悩む多くの学生たちがね、それでぜんぶ治ったんですよ。薬を買って。それで自分でも目覚めたわけです。物語を描く時には目的意識がはっきりしていないとダメだ、と。それ以来ですね、なんのためにこれを描くのかという、信念、テーマを大事にするようになりました。インキンタムシが私の生涯を助けてくれたんです。(続く)

まつもと・れいじ/1938年生まれ。漫画家。代表作に『銀河鉄道999』など。

第1回第2回第3回第4回

PHOTO/
SHINGO WAKAGI
TEXT/
KUNICHI NOMURA
EDIT/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS887号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は887号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.887
平凡ブルータス(2019.02.15発行)

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