人生仕事

死んでも帰らんと決意して上京しました。| 松本零士

TOKYO80s

No. 886(2019.02.01発行)
死ぬまでにこの目で見たい日本の絵100

松本零士(第二回/全四回)

B29の空爆と艦載機の機銃掃射。そして昭和20年の8月15日、あの日を実体験した最後の世代です。占領軍のるつぼも体験し、戦いに敗れることを心底まで味わいました。占領軍に身を売らねば家族や子供たちを生き延びさせることもできない人たち。敗戦という地獄を見て育ち、負けることがいかに悲惨ですさまじい体験なのか、幼いながらに心の底まで味わい、自分の心情の原点となりました。アメリカ兵は飴玉なんかを振り撒くけれど、私は拾えなかった。施しは受けん、とね。そういうのを体験できた世代なので、ものを描く時に非常に有効に作用しました。その体験を現実に味わえる人は少ないですから。高校1年の時に『漫画少年』に載って新人王を受賞。賞金5000円。今だと30万円ぐらい。高校2年の修学旅行で東京に行った時に、出版社に寄ったら茶色の封筒を渡されました。修学旅行で原稿料を稼いで帰った珍しい人間なんですよ(笑)。大学受験も成功してね。ロケットを作って、今頃は火星に行く予定でした(笑)。だけど「大学は諦めてくれ」と親父に言われまして。実家は極貧。親父は公職追放を受けていました。それで「俺が働くから弟を大学に行かせてくれ」と汽車に乗って24時間かけて上京。出版社から「一刻も早く有志を表したまえ」と手紙が来たんです。「有志を表したいのですがお金がありません。原稿料の前借りはできますでしょうか?」と返事をしたら、「来れば渡す」。何もかも質屋に入れて、母親には「俺は死んでも帰らん」、弟には「俺が大学に行かしてやる」と上京しました。18歳、高校卒業して半年ぐらいの頃です。そして講談社光文社の少女漫画の仕事が始まりました。みんなにもあるんです、人生に一度はそういう旅立ちの瞬間が。その時列車に乗っていなければ、今の自分はいない。歯を食いしばって、行きの切符だけ買って、帰りの切符代なんて持ってない。持っているのは画材だけ。だから『銀河鉄道999』と一緒です。鉄郎が「俺は死んでも帰らん」と飛び立つ。あれは自分の心境です。関門海峡に入るとね、まるで暗黒の別世界に入ったみたいなんです。そして山口の下関側に出ると瀬戸内海が見えて、宇宙に行ったみたいな気持ちになった。とにかく全員にね、何かの瞬間があるはずなんです、生涯の中にね。その一瞬に乗り遅れると変わってくるわけですよ。運命がね。

(続く)

まつもと・れいじ/1938年生まれ。漫画家。代表作に『銀河鉄道999』など。

第1回第2回第3回第4回

PHOTO/
SHINGO WAKAGI
TEXT/
KUNICHI NOMURA
EDIT/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS886号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は886号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.886
死ぬまでにこの目で見たい日本の絵100(2019.02.01発行)

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