書籍・読書

高山羽根子『オブジェクタム』の中野サト

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 885(2019.01.12発行)
おいしいコーヒーの教科書2019

主治医:星野概念

名前:高山羽根子『オブジェクタム』の中野サト

症状:ふつうに考えて、関係ないような見当はずれな言葉でさえ、その集まったものが人間の脳みそみたいに精神とか、意志、論理なんかを持っているように見える場合がある

備考:秘密基地でカベ新聞を作る祖父と、それを手伝う小学生の自分。大人になり、記憶の断片をつなぎながら、とある謎を追う表題作ほか2編。朝日新聞出版/1,300円。

診断結果:細部がつながり合って、ようやく「心」の輪郭が見えてくる。

物語は中野サトの少年時代の回想。小学生の頃、町には作り手不明のカベ新聞が数ヵ所に貼られ月1で更新されました。内容は例えば、駅前のスーパーと商店街の青果店の商品の傷み率の比較など。町の中のごく細かい様々に着目し、グラフも使って丁寧に書かれていました。作者は実はサトの祖父。ひっそりテントで作っているのをサトは知り、家族や友人に内緒で手伝います。祖父は「町のたくさんのデータを集めるうち単純な数字同士がつながり、知識や知恵に変わる瞬間がある。生きものの進化みたいに」ということをサトに言い、サトは不可思議ながらも様々な情報を集めます。物語の後半とある体験をしたサトは「姿が不確実なものだったとしても、なるたけたくさん周りにあるものを調べれば輪郭ぐらいは明らかにできる」と内言しますが、これは祖父が言ったことと重なります。読後に僕は、人の心もまさにそうだと思いました。「心」は姿が不確実どころか、姿自体ありません。でも間違いなく存在する。それはその人の言葉や表情、仕草、生い立ち、服装や髪形など、一見あまり関係なさそうな細部も含めた全てが少しずつつながり合っているものなのだと思います。人の細部に注意を向け続けてやっとその人の心を少しだけ掴めるような感覚。何がどこでつながるかなんて予想はできません。地道に、丁寧に日々を過ごそうと改めて思いました。

ほしの・がいねん/精神科医。音楽活動もさまざまに行う。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が発売中。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS885号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は885号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.885
おいしいコーヒーの教科書2019(2019.01.12発行)

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