書籍・読書

保坂和志『ハレルヤ』の私

星野概念「登場人物を精神医学で診る 本の診断室」

No. 884(2018.12.15発行)
危険な読書

主治医:星野概念

名前:保坂和志『ハレルヤ』の私

症状:人は心に過る感触に言葉を与えようとして、感触をだいぶ薄めたり、場合によってはそれの逆になる言葉を手にする、この言葉は、(中略)窮屈な考えにがんじがらめだ

備考:作家夫妻のもとで18年8ヵ月を過ごした片目の猫は、命が死んでも生きると教えてくれた。生と死などを描いた、心揺さぶる4つの短編を収録。新潮社/1,500円。

診断結果:言葉にできない感覚に、耳を澄ますこと。

作家の「私」は1999年、妻の母の墓参りで片目がない仔猫に出会い、花ちゃんと呼んで飼い始めました。花ちゃんは夫婦と18年8ヵ月暮らし、亡くなります。作品では、花ちゃんの目が本格的に見えなくなり、胃にリンパ腫が見つかり、余命宣告されながらも夫婦の試行錯誤により、その余命を上回る期間生きる姿が描かれています。夫婦と花ちゃんの小さなエピソードたちは、読者に様々な気づきを抱かせます。僕がハッとしたのは「私」による花ちゃんの吹き替え「言葉を使うから愚図になるにゃりよ、」というセリフ。猫やほかの動物は、瞬間的な感覚で物事を判断し、それらを言葉で理解はしません。なので、人間のようにいちいちそれをしながら生きるのは、猫からすれば確かに愚図です。また、我々の感覚には言葉にできない部分もありますが、言葉での理解に重点を置くとそれらをおろそかにしてしまうこともあるでしょう。これは僕が、日々の診療で留意していることでもあり、言葉にできる症状だけではその人のことは捉えきれないため、その人全体を体感するように心がけています。そんな、言葉にしようとするとこぼれてしまうものたちを改めて意識させられるこの作品。それゆえ、感想文もこんなに曖昧。しかも小説かエッセイかさえ判断できません。でも読めば、そんなことよりも大切な瞬間瞬間があるかも、と感じられると思います。

ほしの・がいねん/精神科医。音楽活動もさまざまに行う。いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が発売中。

編集/
大池明日香

本記事は雑誌BRUTUS884号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は884号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.884
危険な読書(2018.12.15発行)

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