書籍・読書

スポーツという枠があり、人間の普遍は可視化された。

スポーツは肉体を酷使するゆえ言葉を求む。

No. 884(2018.12.15発行)
危険な読書
藤島 大 (スポーツライター)

「マットの上には言葉だけが残る」。

五輪3連覇、国際試合13年無敗、哲学とプーシキンを愛読。ロシアの偉大なレスラー、アレクサンドル・カレリンは、かつてそんなコメントを残したという。スポーツは肉体を酷使する。ゆえに言葉を求めるのだと。それを丁寧に紡いだ本は、時にスポーツの芯まで届く。読まないのは損だ。硬骨のスポーツライター、藤島大さんが案内する。


スポーツの名著。こう呼び得る一冊には、いくつかの前提があるという。まずは書き手の愛。ある競技、チーム、選手など対象は何でもいいが、ライクではなくラブ。これが必要なのだ。『卓球アンソロジー』はその最たるもの。古今東西の小説、随筆、詩、漫画、映画、作文などから卓球にまつわる表現を拾い集め、端正にまとめている。

「名著というよりもはや奇書です。膨大な引用。教養は深く、文章は上品。ページを無作為に繰っても、ただの一文字すら心ここにないというところがない。卓球を本当に愛しているからこそ書けるのだとわかる。書物などから得た卓球の知識を、卓球にそのまま返している。愛また愛。これに尽きます」

 著者は早稲田大学卓球部主将を担った高校の元国語教諭で、現在は地方卓球協会の理事。長らく競技と関わってきたという来歴も愛の深さを示している。しかし、スポーツを書くうえで本格的な競技経験が望まれるかといえばそうではない。想像力と筆の力。それがスポーツの真相を捉えることもある。

「『三美スーパースターズ』の著者、パク・ミンギュは本格的な野球の経験はないはずです。しかしこの人には恐ろしいほど文学の才能がある。80年代韓国・仁川に実在した弱小球団を題材にした。それをど真ん中に据えたまま、当時の音楽や風俗などをちりばめる。普通ならそれが鼻につきそうなのに、饒舌が心地よい。これ、負けてばかりのチームを描いた小説の、特権ではないでしょうか」

 歴史に残る弱小野球チームと架空のファンの物語。創作だとしても描かれる登場人物の心理はスポーツの現場そのもの。あるいはより鮮やかにさえなる。例えば、勝てないチームを愛するがゆえの哀しみ。この感情はスポーツを読む醍醐味でもある。アーウィン・ショーの短編『80ヤード独走』(大学フットボールの花形選手の没落を描く)もそうだし、東ドイツの作家が書いた戯曲『ピッチサイドの男』もまさに。

「サッカーの教え子が壁から逃げようとした市民を職務に忠実に銃殺。その罪を裁く法廷で弁護する、老コーチを主人公にした独り語りの戯曲です。名文句だっていくつも。“失業するとどんな気持ちになるか、教えてあげましょうか? まるで空気の抜けたボールみたいになっちまうんです”。好きです。ユーモアと哀しみ。個人的見解ですが、表現には哀しみがないといけない。私生活の悲劇と比べれば深刻ではないが、軽いわけではない。スポーツという枠の中でも、人間の普遍の心の動きですから。この本は東ドイツという設定が、それをさらに響かせる」

愛、想像力、磨かれた文、哀しみ。好事家を装って自らの教養を誇るような、スポーツを借り物にした本とは違う。競技やチーム、選手を通してスポーツそのものに近づきたいと願うから、それらは本に宿るのだ。あるいは芯を貫いた思考は、哲学に届きさえする。大西鐵之祐著『闘争の倫理』。勝利至上主義の真価もこれを読めばわかる。

スポーツの芯まで届いた3冊。

『三美スーパースターズ  最後のファンクラブ』パク・ミンギュ/著 斎藤真理子/訳

韓国のロングセラー。主人公は仁川の中学生。スターの見当たらぬ球団、スーパースターズの1982年の創設時にファンクラブ会員となるも、3年後に球団は消滅。挫折。一念発起して一流大学へ。しかし98年、通貨危機により再び人生の岐路に。うまくいかない。勝率はいつも厳しい。「僕はプロの世にあってアマを愛した罪によって蔑視と嘲笑を受けたのである」。自在で饒舌な文体も見事。晶文社/2,000円。

『卓球アンソロジー』田辺武夫/著

日本で初めて卓球をしたのは誰か。通説では作曲家の山田耕筰、1901年5月岡山で。しかし著者の脳裏には夏目漱石がよぎる。日記をあたるとこうあった。1901年3月28日。「夜ロバート嬢トピンポンノ遊戯ヲナス」。大発見。こんなふうに卓球の文化へ分け入っていく。偉人だけでなく小学5年生の作文まで。「ゴムと、汗と、木の香りが合わさって、やる気が起きてくる」。美しい。端正な文章の積み重ね。愛なくしてはなし得ぬ本。近代文藝社/1,500円。

『ピッチサイドの男』トーマス・ブルスィヒ/著 粂川麻里生/訳

ベルリン出身の著者が、2001年に発表した戯曲。邦訳は02年。サッカー一筋で生きてきた、東ドイツ出身の老コーチのモノローグで物語は展開する。詩やドイツヨーロッパの歴史に興味のある人、またはサッカーとその周辺を好む人には間違いなく、痺れる言葉がキリなく続く。「イングランド人は壮麗なるロングパスを蹴り出し、それを遠くから見ていました。植民地統治者型サッカーです」。ほら、すごく素敵。三修社/品切れ。

哲学にしてコーチが必読すべき具体的な戦術論。

『闘争の倫理 スポーツの本源を問う』大西鐵之祐/著 榮隆男、伴一憲、大竹正次/監修

初版は1987年2015年に復刊。「ジャストよりフェア」の精神を説き、具体的な指導論も併記。勝つチーム作りも明かされる。元サッカー日本代表監督、岡田武史氏の座右の書で、いわく「『はじめに』だけでも読む価値がある」。鉄筆文庫/1,500円。

Dai Fujishima / 1961年東京都生まれ。早稲田大学ラグビー部に所属した。スポーツ紙記者を経てスポーツライターとして独立。都立国立高校と早大にてラグビー部のコーチも経験した。著書に『人類のためだ。ラグビーエッセー選集』など多数。今秋、初となる小説『北風小説 早稲田大学ラグビー部』を集英社文庫より発表。無論、ラグビーへの熱と愛は句読点にまで。

text/
Satoshi Taguchi
photo/
Chihiro Oshima

本記事は雑誌BRUTUS884号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は884号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.884
危険な読書(2018.12.15発行)

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