エンターテインメント

「紙魚について」

菅原 敏「詩人と暮らし」

No. 884(2018.12.15発行)
危険な読書

ある日、友人のアトリエで本棚を物色して一冊の気になる本を取り出した。随分と古い美術書で、厚紙のケースに収められていた。本の背をつまみ、数センチほど本をケースから引き出したところ、銀色に光る、ぬるりとした虫が這い出してきて、私は声にならない悲鳴をあげた。「そんな高い声も出るのね」と冷静なコメントをした後に、「その虫、もう一度本の中に閉じ込めておいて」と友人は言った。

調べたところ、この虫は紙魚(シミ)

という、本の紙やデンプン質のノリを食べる書籍害虫であり、銀の鱗を纏ったようなその姿は、英語ではSilver Fishと呼ばれているそうだ。その寿命は約8年と長く、何も食べなくとも平気で1年は生きるらしい。本を食って生きるのならば、その体には多くの物語や言葉が詰まっている。いつか私の本も食べさせてみようかと思う。どのページが美味しくて、一番まずい詩はどれなのか。不気味な見た目とは裏腹に、知識の虫なのかもしれない。

あの時、友人は何故「もう一度、本に閉じ込めておいて」と言ったのか、全くもって分からぬままだ。

【memo】本好きのことを「本の虫」というが、あれ以来、本の虫といえば紙魚のことしか浮かんでこない。12月の半ばの寒い夜。こんな季節に虫に出くわすとも思っていなかったし、おそらく向こうもそうだろう。確かに存在するものの、二度と開かれることのない本は星の数ほどあり、その中で彼らは暮らしている。決して開いてはいけない本たち。古い本を開くとき、私は臆病になる。(敏)

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すがわら・びん

詩人。新詩集『かのひと 超訳 世界恋愛詩集』(東京新聞)発売中。国内外での朗読公演など幅広く活動中。

編集/
西野入智紗

本記事は雑誌BRUTUS884号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は884号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.884
危険な読書(2018.12.15発行)

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