【ネワールとタカリ、2民族の味覚の地図。】松尾と社長、ときどきママ

松尾スズキ「ニホン世界一周メシ」

No. 883(2018.12.01発行)
Mid-Century in Our Life
我々以外ほぼネパール人でにぎわう店内。旅行感が甚だしい、新大久保だけど。

そばがきの塊ディードにのけぞり、干し飯で腹が膨れる。

前回はチベット、今回はネパール料理を食す。

チベットとネパールは、隣り同士の国である。なのに、こんなに違うのか! と、驚いた。今までヨーロッパに何カ国か行ったが、たとえばフランス人スイス人の見分けなどまったくと言っていいほどつかない。しかし、チベットとネパールは、つく。激しくつく。チベット人はきわめて日本人っぽい風貌であったが、今回店で初めて会うネパール人は、かなりインドよりな見てくれである。

『インディ・ジョーンズ』の序盤でハリソン・フォードとひともんちゃく起こしそうな人々、と言えばわかるだろうか。逆にわからないだろうか。同じ地続きであるのに、こうも違うのは、やっぱり、間にヒマラヤ山脈という尋常ならざる存在感のある山々がデンとあるからだろう。そんな日本人には想像もしえない難所を、東京にいながら飯の世界に関してだけはあっさりと越せてしまう。食においてチベットは四谷、ネパールは新大久保にあった。電車で行けば15分である。

新大久保にはなるべく行きたくない。とにかく最近はコリアンタウン化がすすみ、どこに行っても韓国アイドルのポスターが貼られ、韓国のポップスがギャンギャン鳴っていて、「ガキっぽいなあ」と思うのである。でも、「ここ最近はネパール人が急増して、リトル・カトマンズ化しているんです」と社長は言う。震災後中国人留学生が激減し、代わりに日本語学校が、ネパール人の募集をかけたり、政変によって難民が流入、現在では500人くらいのネパール人が住み、20店ほどのネパール料理屋があるそうだ。

とはいえ、行ってみると、やはり新大久保はコリアンコリアンしている。そんな駅前の大通りのビルの一角に「アーガン」はあった。入ってみると意外に広い。エスニックな調度品も充実していてセンスのいいレストランという趣だ。お客のほとんどはネパール人だと思え。

まず頼んだのは、ここの定番であるらしいネワリボジセットと、タカリセット。どちらも主食を真ん中にいろとりどりのおかず(マトンカレー、チキンカレー、豆のスープ、発酵野菜の漬物、香草スープなどなど)の小鉢が周りをグルリと囲み、賑やかなワンプレート料理として差し出される。貧乏時代が長いので小鉢が多いとグッとテンションが上がる。ハレの料理、そんな気がする。二つのセットの大きな違いは、ネワリボジの主食が干し飯、で、タカリが普通の米であることだ。

干し飯というのは初めて食べた。米をのして干してぺらっぺらにして、舞台で使う紙吹雪みたいになっているものにカレーやなんかをつけて食べるのだが、食感パリパリして非常におもしろい。が、まあ、これをずっと食っていられるかというと、やっぱり普通のご飯のほうが安心して食えるな、という気になる。カレーっていうのはどこの国にもあって、たいがいうまいのだが、そういえば、チベットにはなかった。カレーほどどこにでも行くのにヒマラヤは越えられなかったか・・・、なんてことを思ったのだが、ヒマラヤを越えてチベットからネパールに伝わっているものがあった。

モモである。チベット料理である丸っこい蒸し餃子っぽいやつ、それがネパール料理屋にもあったのだ。しかも揚げたモモ、スープにつけて食べるモモ、蒸しモモ、チリモモなんてのが、皿にごっそり乗って出る。モモモモモモモモ、である。これはかなりの満足感。モモ、あんた、ヒマラヤ越えして、やるじゃないか。

他には、マトンのタンのフライなんてものもあり、味付けがしっかりしていておいしいし、乾麺のスパイシー炒めは、乾麺を砕きトマトと玉ねぎで炒めたものなのだが、なかなかジャンクな味でネパールビールによく合い、ママは「これ好きー」と貪り食っていた。

一番びっくりしたのは、ディード。小学校の教室に置いてあった鉛筆削りくらいの大きさのソバガキの塊である。ベットベトでジブリ映画に出て来る虫みたいで尋常ならざる存在感がある。これをネパールの人は手でむしってスープにつけたりして食うのだ。蕎麦アレルギーの担当Kは「これ食ったら三回くらい死ねます」とのけぞっていた。うまいとかまずいとかではない、こんなものネパール料理でしか食えないから、一度は食べていただきたいものだ。

かくて、またもや我々は満腹以上の状態になって、外に出ると一気にコリアン気分に舞い戻る。

そういえば、私が20代の頃よく遊んでいた新大久保にはイラン人やラテン系の人がたくさんいて、そのうちの一人のイラン人とうちの劇団員が結婚することになったりしたのだが、今、イラン人は新大久保ではめったに見ない。そして今や、ネパール人が闊歩しているというのだから、新大久保は人種が常に蠕動運動でグネグネと動いている町だなあ、なんてことを「お腹苦しい」という吐息とともに、思ったのだった。

アーガン/新大久保

新大久保駅から徒歩4分、こんなところに? と驚く雑居ビルの4階にアーガンはある。ネワールとタカリ、2つの少数民族のセット料理が食べ比べられ、もちろん料理は現地のシェフが家庭の味わいを再現! ほかでは食べられないマニアックな料理も多い。スタッフは全員ネパール人、料理や食べ方などフレンドリーに教えてくれるのも楽しい。チャンやアイラなどネパールの珍しいお酒も揃っているので居酒屋使いもおすすめ。

アーガンスペシャルタカリセット

チキン・マトン・野菜の3種のカレーにスープや様々なアチャール(漬物)。炒め物やパパドゥ、さらにデザートまでついたタカリのセット。干し草の和え物が珍しい。1,350円。

ディード

ネパールのそばがき、ディードは単品でも注文可。見た目とは裏腹にしっとりとした食感で手で食べると旨味が増す。喉越しを楽しむため、噛まずに飲むように食べるのがおすすめ。700円。

モモの盛り合わせ

スタンダードな焼きモモや蒸しモモに加え、さっぱりしたスープに漬けたり、揚げてスパイシーに炒めたソースと合わせたり、モモの桃源郷のようなセット。1,480円、小900円。

パニプリ

パニは水、プリは周りの生地。中にはスパイスで炒めたジャガイモ。そこにタマリンドをベースにした酸味のあるスープを入れ一口でいただく。スナック感覚が楽しい。550円。

乾麺のスパイシー和え

砕いた乾麺をゆでずにそのまま、トマトとタマネギとスパイスで炒めた最高すぎるツマミ。ポリポリした食感とちょっと辛めの味つけがジャンクで永遠に止まらなくなる。480円。

マトンタンのフライ

魅力的な羊料理が多いなか、イチオシはこのマトンタン。現地ではヤギで作るところを羊の舌で代用している。スパイシーで弾力のあるタンとネパールビールは完璧な組み合わせ。550円。

ネワリボジセット

主食に珍しい干し飯(チウラ)が食べられるネワールのセット。チキンとマトン、2種のカレーの味わいはタカリよりやや辛め。ネパールのお酒が1杯付いてくる。1,680円。

アーガン/昼夜問わず常にネパール人で賑わう店内は異国情緒あふれるインテリア。カレー2種がつくダルバットセットはご飯お代わり自由でなんと500円! ●東京都新宿区大久保2−32−3 リスボンビル4F☎050・5592・7957。11時〜24時(23時LO)。無休。

SUZUKI MATSUO/1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優。来年秋公開予定の映画と同名の小説『108』が先行公開中。ほか最新刊『出会って別れて、なぜ悪い?』など著書多数。年末には自身と大人計画の30周年イベントを開催。http://otonakeikaku.jp/stage/2018/30/index.html

Coordinated by/
坂本雅司

本記事は雑誌BRUTUS883号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は883号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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