人生

頬のアンコは、役者人生でかなり役に立ったね。| 宍戸 錠

TOKYO 80s

No. 883(2018.12.01発行)
Mid-Century in Our Life

宍戸 錠(第三回/全四回)

そこに日活ニューフェイス時代の写真があるでしょう?これが石原裕次郎でしょ、小林旭、赤木圭一郎、和田浩治、それに俺。俺が1期生で、あとは3期生と4期生。この俳優陣を日活ダイヤモンドラインっていうんだ。この中で生きているのは俺と旭だけで、俺が一番しぶといんじゃないかって(笑)。高橋英樹や藤竜也は後輩で、弟分だったよ。そうだな、月に1回は俳優同士で酒を飲んでました。裕次郎は52歳で死んじゃったんだよな。彼は石原慎太郎さんが『太陽の季節』を書いて、これは良い作品だから映画化しなくちゃって。その時、湘南族を指導するために来て、そのまま映画俳優として、日活に入ることになったんだ。慎太郎さんが都知事になる時には、応援に行ったなあ。日活の俳優陣はみんな仲が良かったんだ。だから俺は蘖の会を作ろうって言ってさ。わかる? 木から芽が出るって意味なんだよ。今は『朝日新聞』に「ひこばえ」ってあるよな。「俺の案を使ったな」って思ったけどね(笑)。日活にはほかの映画会社と違って、年齢の上下関係がなかったね。「売れている監督、売れている俳優が一番だぞ」って、みんなで言ってたんだ。ハリウッドと一緒ですよ。僕はね、痩せていて、頬がこけていたんですよ。女優さんからも「痩せている」と言われてさ。「頬っぺたは痩せているより、ふっくらしている方がいいんだよな?」と聞いたら、「そうです」と応えるわけ。それで、「じゃあ、やってくるわ」と言った。あれは、どこでやったんだっけな? 確か新聞に広告が出ていてね。そうそう、結構、注射液が入るんだよ、頬に。「本当にこれでいいの?」と聞いたら、「大丈夫です」って言うからさ(笑)。昔は外国人顔はウケなかったんだ。キツい顔だとスターになるのは難しかったな。でも、それで悪役になれたし、頬のアンコはかなり役に立ったね。70歳近くまでアンコを入れてたんだ。この写真ではまだアンコが入っているだろう? 芸能人相撲大会で優勝した時に、国技館で撮ったものかな。45歳ぐらいの頃だよ。俺の家は火事になって、全部燃えてしまったから、写真も少ないんだけど、皆さんが送ってくれて、また集まった。この相撲大会の時は162人ぐらい参加してね、1日で7番ぐらい土俵をとったのかな。俺は体も大きかったんだよ。今じゃ年をとって、この頃の半分ぐらいになっちゃったけどね。

(続く)

ししど・じょう

1933年生まれ。俳優。『拳銃は俺のパスポート』など出演作多数。

第1回第2回第3回第4回

PHOTO/
SHINGO WAKAGI
TEXT/
KUNICHI NOMURA
EDIT/
HITOSHI MATSUO

本記事は雑誌BRUTUS883号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は883号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.883
Mid-Century in Our Life(2018.12.01発行)

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