東京

【水天宮・人形町編2】食の街・人形町に「失われた味を求めて」。

細野晴臣 × 中沢新一「東京天国」

No. 882(2018.11.15発行)
続・いまさら観てないとは言えない映画。
1904(明治37)年創業の洋食店〈来福亭〉は昔ながらのオムライスが人気の名店。
1904(明治37)年創業の洋食店〈来福亭〉は昔ながらのオムライスが人気の名店。
人形町通りに面した〈甘味処 初音〉の創業はさらに古い1837(天保8)年。店名は歌舞伎の義経千本桜に登場する「初音の鼓」から。夏季はかき氷も人気で、中沢さんはアンズ、細野さんはミルクのかき氷を注文。
人形町通りに面した〈甘味処 初音〉の創業はさらに古い1837(天保8)年。店名は歌舞伎の義経千本桜に登場する「初音の鼓」から。夏季はかき氷も人気で、中沢さんはアンズ、細野さんはミルクのかき氷を注文。

音楽家と人類学者の時空を超えたぶらり旅。今回は水天宮・人形町編、第2回。水天宮など七福神巡りの後は、食べ歩きツアーへ。かつて参拝客で賑わった繁華街は今も食の店に溢れている。細野さんがかつて訪ねた洋食屋を再訪、熱い食談議が始まった。

明治から現代まで続く、神社巡りと食べ歩きの街。

明治初期に水天宮が移転してきたことから繁華街となり、芳町の花柳界、料亭街としても栄えた人形町。現在の人形町駅の南端から東の明治座まで延びる〈甘酒横丁〉は、水天宮の参詣者や寄席へ通う客で賑わった通り。明治期、現在の横丁入口の南側に甘酒屋〈尾張屋〉があった(当時の横丁は今より南に位置していた)。現在も居酒屋や鯛焼き店、焼き鳥屋など飲食店が立ち並び、下町情緒溢れる散歩道となっている。

知る人ぞ知る老舗洋食店〈来福亭〉のハンバーグは、細野さんいわく「あの頃の味」を保ち続ける貴重な一品。

1970年代、東京のハンバーグの味が変わった。

中沢新一 
前回に続いて、水天宮を含む七福神で知られる人形町です。昔から神社の脇には食べ物屋が立ち並ぶのが常で、今もこのエリアは食の街。明治初期にあった〈尾張屋〉という甘酒屋に由来する〈甘酒横丁〉を歩いた後は、人形町通り沿いの老舗〈初音〉でかき氷を。そして、細野さんが十数年前に訪れたという洋食屋〈来福亭〉にやってきました。
細野晴臣 
まだ営業していてよかった。実は来るのが怖かったんだ。
中沢 
2階が畳の和室になっているだけで嬉しくなりますね。
細野 
おっ、壁に初代の江戸家猫八のサインがある。この店のハンバーグも和風というか、甘だれっぽいソースで、それがもう旨いんだよ。
中沢 
好きですねえ。細野さんの食べ物の趣味って、やっぱり子供の頃に形成されたものですよね?
細野 
そうそう。チャーハン、焼きそば、ハンバーグ。この3つがあれば、ずっとローテーションできる(笑)。とにかく「こんな旨いものがあるのか」と思ったよ。あの頃は何でも安かったし、どこに行ってもおいしかった。それが、1970年代に入った頃から、味が変わったんだ。当時、ドライブインが流行して、赤坂あたりにもできてね。定番メニューでハンバーグがあったんだけど、食べてみて、あれっと思った。ぜんぜんおいしくない。今まで嗅いだことのない匂いがした。あれは何かケミカルなものだったのかもしれない。
中沢 
肉の質が変わったんですか。
細野 
だと思うよ。とにかく、それ以前の時代に食べたものが焼き付いていて、それをつい求めちゃう。
中沢 
つまりは60年代の都市の味ですよね。細野さんは相当な“通”だよね、昔の東京の味に関して。
細野 
その時代が東京のピークだったんだよ。街にもピークというものがある。当時、目黒駅前に東急が展開する〈東光ストア〉というのがあって、そこの店もおいしかった。
中沢 
僕も行ったことある。油面に伯母さんが住んでたから、よく行ってたんですよ。近くの〈とんき〉へ連れていってもらって、「これがとんかつか!」なんて。
細野 
本当? 同じ同じ。当時からとんきといえば「キャベツの千切りのお代わりし放題」だった。やっぱりキャベツにはウスターソースに限るね。あ、中沢くんそれはかけすぎ……まあいいや(笑)。
中沢 
細野さん、食べ物の話になると熱くなりますね(笑)。
細野 
焼きそばにも当時の味がある。ソース焼きそばとホンコン焼きそばの間の子みたいな味で。だけど焼きそばだけは、世界中でもどこでも旨いよね。東南アジアとか。
中沢 
安定してますよね……いや、まずいのを思い出しました。インドのチョウメンってやつ。
細野 
そうなの? インドで旨いのは卵サンドだよ。
中沢 
そうそう! あれは旨いですね。僕は北インドを歩いていた時に食べたトマトとコロッケのサンドイッチも好きでしたね。
細野 
インドのサンドは何であんなに旨いのかね。たぶん油をいっぱい使ってるからだろうな。あと、チャーハンにも失われた味があって、それはまだ浅草や日本橋に残ってる。だから当時の味を保っている店に行くと、黙ってられない。だけど、ある時からシェフが代替わりして、味が変わっちゃうんだ。
中沢 
「失われた味を求めて」ですね。プルーストじゃないけど(笑)。細野さん、今度ハンバーグの曲書いたら? 食べ物をテーマにした曲だけのアルバムとか。
細野 
それは実は考えてた。僕には「北京ダック」とか「イーティン・プレジャー」って曲もあるしね。
夏季限定の〈甘味処 初音〉のこおり杏のアンズは、カリフォルニア産のセミドライフルーツをシロップで煮込んだもの。

HARUOMI HOSONO

1947年東京都生まれ。音楽家。69年にエイプリル・フールでデビュー後、はっぴいえんど、ソロ、ティン・パン・アレー、YMOなどで活動。2017年、2枚組アルバム『Vu Jà Dé(ヴジャデ)』発表。

SHINICHI NAKAZAWA

1950年山梨県生まれ。人類学者。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治大学野生の科学研究所所長。『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)ほか著書多数。近著に『アースダイバー 東京の聖地』(講談社)。

photo/
Yurie Nagashima
text/
Kosuke Ide
edit/
Naoko Yoshida

本記事は雑誌BRUTUS882号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は882号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.882
続・いまさら観てないとは言えない映画。(2018.11.15発行)

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