エンターテインメント

映画館のスクリーンだけで50回は観たのよ。| 戸田奈津子

自分史上最多観賞映画。

No. 882(2018.11.15発行)
続・いまさら観てないとは言えない映画。

観てない映画は年々数を増すばかり……。それでも私たちには、繰り返し観てしまう映画がある。その映画を何度も観たくなる理由とは?作品の魅力を戸田奈津子さんに聞いてみました。

『第三の男』

二次世界大戦下、オーストリアの首都ウィーンを舞台に展開するミステリー。モノクロ映画が苦手な人でも、釘づけになる展開の素晴らしさ。アントン・カラスの音楽も有名。'49英/監督:キャロル・リード/出演:ジョゼフ・コットン、オーソン・ウェルズ、アリダ・ヴァリほか/廃盤。レンタルなどで視聴可能。

見た回数:50回

40歳過ぎてからこの仕事を始めたのよ。だから繰り返し観ていたのは、そのずっと前の話。大袈裟じゃなく50回は観たの。それもいまみたいにDVDとかじゃないわよ。1回ずつお金を払って映画館のスクリーンで観ているから、我ながらすごいと思う。そもそも映画が大好きになったのは、小学校6年生くらいだったかしらね。終戦後に洋画が解禁になった時、ほぼ日本全国民が映画ファンになった時期があったのよ。『第三の男』を初めて観たのは高校1年生の頃。カメラ、音楽、脚本、展開、キャスト……。どれを取っても素晴らしくて、チームワークで作り上げた総合芸術として完璧なの。話題作だからロードショーから落ちた後も、何年にもわたって、リバイバル上映があってね。新聞を毎日チェックして、板橋でも浦和でも上映館があれば、遠出して観に行った。気分とかは関係なく、とにかくやっていれば観たかったのよ(笑)。

字幕翻訳の仕事に興味を持ったキッカケもこの作品。「今夜の酒は荒れそうだ」ってセリフがあってね。うちは父を戦争で亡くして、女だけの母子家庭だったから“酒が荒れる”っていう男っぽい表現に、字幕だけで惚れ惚れして、英語の原文を知りたくなったの。何回も観て、ようやく「I shouldn't drink it. It makes me acid.」って聞き取れた。原文と字幕は全然違うけど、気分はピッタリっていう、非常にうまい訳なの。そうやって、頭の中にフィルムが焼き付いていってね。いまでも最初から最後まで字幕付きで再生できるくらい頭に入っているわよ(笑)。昔は米アカデミー賞の作品賞でも、20年は心に残るような大傑作があったけど、最近の受賞作なんか、翌年覚えてなかったりするんじゃない? そりゃいい映画もあるわよ。だけど、50年も残る作品は少ないと、私は思うの。

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Natsuko Toda / 1936年生まれ。字幕翻訳家、通訳。フランシスフォード・コッポラに指名され『地獄の黙示録』で字幕翻訳家デビュー。海外の映画人からの信頼も厚い。

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Saki Miyahara, Kei Osawa, Miki Miyahara

本記事は雑誌BRUTUS882号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は882号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

No.882
続・いまさら観てないとは言えない映画。(2018.11.15発行)

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