映画は現場の共通言語だから、 カントクが「観てない」は恥。 | 入江 悠 (映画監督)

告白。私が観なかった理由。

No. 882(2018.11.15発行)
続・いまさら観てないとは言えない映画。
入江 悠

いつか映画館で上映されたら必ず観ようと思ったまま、ずっと待ってる状態なんです。

『SR サイタマノラッパー』で注目を集めてメジャーデビューした入江悠監督。29歳の時にWOWOWドラマ『同期』の監督に抜擢された際、役者もスタッフもベテラン層に囲まれ、プレッシャーは相当なものだったとか。「せめて“自分の方が映画を観ているぞ”という自信がないと、現場に入った時に気持ちで負けると思って、撮影準備として、ひたすら映画を観まくりました。例えば、竹中直人さんが休憩時間にポロッと言った映画は、全部受け答えできないといけないと思って」

 実際“教科書”と呼ばれるような映画は、俳優を演出する時やスタッフとの打ち合わせなど製作の現場で共通言語になるという。「例えば“ここはスピルバーグの『宇宙戦争』のあのシーンみたいな感じで”と言われた時に観てないと、かなり恥ずかしいですね」

 つまり、映画を観ることは映画製作の重要な仕事の一つ。これまで相当数の映画を観てきた入江監督だが、まだ観られていない“名作中の名作”があると告白する。「『天井桟敷の人々』です。それこそいろいろな賞を受賞した名作ですよね。大学時代に同級生が名画座で観て“すごく良かった!”と言って感動して帰ってきたんですよ。それで観なくちゃと思ったけど、映画館で観ないと“負けた”って感じするじゃないですか(笑)。音楽でもバンドの生演奏で聴くのとカセットテープでは違いますよね。VHSやDVDだと、どうしても映画体験としては弱い感じになるので、いつか映画館で上映されたら必ず観ようと思ったまま、ずっと待ってる状態なんです」

歴史に残る名作だけに名画座でも頻繁に上映されているのでは?
「それが、なかなか上映されないんですよね。ゴダールとか、シネフィルの人に人気の監督作は上映機会も多いけど、いわゆるみんなが知っている名作中の名作って意外と上映されないんですよ。大学を卒業してもう15年は経ちますけれども、いまだにあの同級生が興奮して帰ってきた時の声とか顔つきを覚えていて、“映画館で観るとそんなに良かったんだな”と思うと悔しくって……」

 映画のデジタル化が進んでいるが、いつでも観られるようになると思い込むのは間違いだと言う。
「最近だと、エドワード・ヤンの『牯嶺街少年殺人事件』が約25年ぶりに上映されましたよね。映画関係者も結構来ていたので、みんなずっと劇場で観たかったんだなぁって。権利問題などで上映されなくなってしまう映画って少なくありません。だからこそ“映画館で上映している時にリアルタイムで観た”というのは特権的な体験になる。ベテランの映画評論家の方でも“あの名作を当時映画館で観られなかったんだよ”とずっと後悔されている方もいらっしゃいますし」

同世代の映画はつい 腰が重くなってしまいます。

映画は、一期一会。“自分のタイミング”を逸して、見逃したままの作品が何本かあるという。
「『マディソン郡の橋』です。この映画が話題になった頃って、ちょうど自分が映画の世界に目覚めて、生意気な時期だったんですよね。新しい作品をどんどん吸収したくて、同じ恋愛映画ならレオス・カラックスとか、リチャード・リンクレイターとかを観ないといけないと思い込んでいて。でもイーストウッドだし、いつかちゃんと観たいと思っていますが、もう少し年をとった時に観た方が面白いのかなと次のタイミングを狙って寝かせてます(笑)」

もともと恋愛映画は避けてしまう傾向があり、映画に目覚めた頃に楔を打たれたのは、岡本喜八監督の『独立愚連隊』だった。
「当時とても暗い青春を送っていたんですけれども、とても前向きな気分になれたし、映画の世界へと背中を押してもらった作品ですね。戦場という状況下でもタフに陽気に生きてく人たちが好きで、そういう映画が好きなんだと気づいて、方向性が定まった頃ですね」

そうした方向性の映画の中には、アメリカン・ニューシネマやSF映画も入っているという。
「SFって、ディストピアものが結構多いんです。例えば、人間を取り巻く状況が悪くなっていく中で、どう知恵を働かせて、いかに生き延びるのかを見せていく部分があるというか」
 
代表作『SR サイタマノラッパー』は、まさに何者でもない若者の底力と明るさを描いた作品だった。そのため、同世代の映画でも、淡々と日常を描いたような映画は観逃しているかもしれないと吐露する。「同世代の監督が作った映画は、積極的に観に行くのが難しいというか、どうしても腰が重たくなっちゃいますね。面白いとやっぱり悔しいんですよ。でも、つまらなくても、すごく悔しいんですよ。いつも“上の世代の人たちが早く席を空けてくれないかな、同世代の僕らだって面白いものが作れるのに”と思っていたりもしますから……。まあ、面白い方が、気持ち良く悔しがれるんですけど」

そんな理由から、2016年に大ヒットした『君の名は。』も、まだ観られていない映画だという。
「新海(誠)さんがSNS上で、僕の『22年目の告白─私が殺人犯です─』を観てくれたと書いてくれた時には、まずいと思ったんですけど、いまだに観られていなくて。でも超ヒットしているものを観てしまうと、引っ張られちゃうだろうなという懸念があるので、自分が映画を作っている時にはそういうカンが働くと意識的に観ないようにしているかもしれませんね。僕自身そこまで強い人間じゃないんで、“お客さんってこういうのを喜ぶんだ”と気づくと、どこかで影響されてしまう気がして」

『天井桟敷の人々』

『天井桟敷の人々』

'45仏/監督:マルセル・カルネ/出演:アルレッティ、ジャン=ルイ・バロー、ピエール・ブラッスール、ピエール・ルノワールほか/ゴマブックス/830円(DVD)。

『君の名は。』

『君の名は。』

'16日/監督:新海誠/企画・プロデュース:川村元気/声の出演:神木隆之介、上白石萌音、成田凌、悠木碧、島﨑信長ほか/東宝/4,800円(BD)。

Yu Irie

1979年神奈川県生まれ。埼玉県育ち。『SR サイタマノラッパー』(2009年)が国内外の映画祭で高い評価を得て第50回日本映画監督協会新人賞を受賞。新作『ギャングース』が11月23日公開。

photo/
Satoko Imazu
text/
Lamp Kohmoto

本記事は雑誌BRUTUS882号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は882号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.882
続・いまさら観てないとは言えない映画。(2018.11.15発行)

関連記事