意識的に映画を選ぶのは、 無意識下の影響力が怖いから。| 瀧本幹也 (写真家)

告白。私が観なかった理由。

No. 882(2018.11.15発行)
続・いまさら観てないとは言えない映画。
瀧本幹也

やっぱり黒澤映画って、写真の撮影でも映画の撮影としても、勉強できることが、すごくいっぱい詰まっている

カメラマンを志した中学時代に映画にハマり、いまでも年間40本は映画を観ている瀧本幹也さん。是枝裕和監督に抜擢され映画の撮影監督を務めるようになってからは撮影手法の研究も兼ねてさまざまな映画を観ているが、その中には“意識的に観ない映画”のカテゴリーがあるという。

「まず一つは、黒澤(明)監督の『八月の狂詩曲』です。映画にハマり始めた中学生の頃から、黒澤作品はほぼ全部観ていますし、大人になってからも、何度も観直しています。やっぱり僕にとっての黒澤映画って、モノクロの強さを味わいたいという気持ちが勝ってしまうのかもしれません。あの漆黒の強いコントラストで撮られたモノクロフィルムの映像の力強さの印象がどうしても強くて」

黒澤映画の中でもダントツに好きで、いまでもよく観直しているのは『天国と地獄』だという。
「昨年『三度目の殺人』を撮った時も、何度か観直しましたね。人の配置がすごく立体的でドラマティックだったり、犯人のサングラスにハイライトを入れたりするカットがすごく印象的で、引き合いに出して、是枝さんと参考にすべきか話し合いました。逆に是枝さんからは“今回は登場人物の証言がすれ違うミステリーだから、ぜひ『羅生門』を観直しておいて”と薦められました」
『羅生門』はモノクロ映画の最高傑作とも呼ばれる作品。

「雨のシーンでは雨に墨汁を混ぜて使ったエピソードも有名ですよね。でも、そもそも昔のフィルムで撮っているので、いまのモノクロと比べても、階調の情報量が多いんですよ。当時のフィルムは銀塩といって、文字通り銀が入っていますが、その含有量がいまよりずっと豊富だったんですよね。当時の黒澤映画は、一番いい時代のフィルムを使って撮影しているので、すごく階調が豊かなモノクロ映像が撮れていた。当時と比べると、最近の映像はどうしても、のっぺりした感じに見えてしまうくらいです」
『羅生門』や『天国と地獄』に限らず、黒澤映画はパンフォーカスやマルチカムなど、その試行錯誤を凝らした撮影手法も、国内外で高い評価を得ている。

「カラーになって以降の黒澤映画は、ストーリーは練られているけど、やっぱり画の力が弱まった気がしてしまって、『夢』は観ているのですが、晩年の作品はあまり観なくなってしまいました。でも、やっぱり黒澤映画って、写真の撮影でも映画の撮影としても、勉強できることが、すごくいっぱい詰まっているから、いつかは観たいと思っているんですけど」

CMの作り手である以上、 影響と責任は考えています。

同じように、尊敬する撮影監督の一人にリー・ピンビンがいる。台湾の撮影監督で、ホウ・シャオシェンやウォン・カーウァイらの映画作品を支えてきた。日本では是枝監督の『空気人形』を撮影している。瀧本さんは同作でスチールのカメラマンを務めた関係で、撮影現場を共にしている。
「『空気人形』の時、リー・ピンビンの撮影風景を見学させてもらったのですが、普通カットを割るシーンでもワンカットで押したり、俳優の芝居とカメラワークの連動に長けていて、台本から想像もしてなかった画作りを目の当たりにしました。強い感性とテクニックに衝撃を受けました」

 そのため、その後に是枝監督から「『そして父になる』の撮影監督を務めてほしい」と言われてからは、リー・ピンビン撮影の映画は観ていないという。
「『百年恋歌』も観たいと思っていたのですが、是枝さんの映画を撮る以上、観たら影響を受けてしまうだろうなと思って、『空気人形』以降の作品はあえて遠ざかっていますね」
 写真家、そして撮影監督も務める生業を考えると、どうしても、一人の観客として純粋に映画を楽しむことにストップがかかってしまう残念さを滲ませる。

「やっぱり映画館ってスクリーンが巨大だし、真っ暗な部屋で、集中して2時間も映像を観るとなると、絶対に何かしらの影響を受けてしまうと思うんですよね。表現の手法だったり、思考や考え方も含めて無意識の部分で」『エクソシスト』を観ていないのも、そうした理由からだという。
「僕はホラー映画や暴力の多そうな映画は観ないようにしています。というのも、以前、オノ・ヨーコさんが雑誌である実験の話をしていたんです。それは、ヒトの口の中から採取した細胞をシャーレに移した後、被験者に暴力的な映像を観せると、別室にあるシャーレの中の細胞が反応を起こしたという実験結果があるそうです。細胞を採取する前ならまだしも、採った後にも細胞が反応するってすごくないですか? でも暴力的な映像って、本人が意識していても、していなくても、細胞レベルで反応するような影響は確かにあるような気もするんです」

 瀧本さんはCMの仕事も多い。そして映画との決定的な違いは観る側が映像を観ることを意識して選択しているか否かだという。「CMって映画と違ってテレビをつけていたり、街を歩いていると自然と目にしてしまうものじゃないですか。ですから、自分がCMの作り手でもある以上、観る人に何かしらの悪影響を与えるかもしれない映像は、作ってはいけないという責任感は持っています。ですので、ホラーや暴力映像を観ることで、無意識下でも、自分自身が作る写真や映像に何か影響を及ぼすのではないか、という考えがどうしても頭をよぎってしまうんですよね。考えすぎかもしれませんが、小さい頃、テレビで暴力シーンが流れたりすると親から目を隠されていたりしたので」

『八月の狂詩曲』

『八月の狂詩曲』

'91日/監督:黒澤明/原作:村田喜代子/出演:村瀬幸子、吉岡秀隆、大寶智子、伊崎充則、リチャード・ギアほか/松竹/2,800円(DVD)。

『エクソシスト』

『エクソシスト』

'73米/監督:ウィリアム・フリードキン/出演:エレン・バースティン、リンダ・ブレアほか/ワーナー・ホーム・ビデオ/3,790円(BD)。

Mikiya Takimoto

1974年愛知県生まれ。94年より写真家・藤井保に師事。98年に独立。広告、映画撮影などを手がける。11月24日までMA2 Galleryで『瀧本幹也写真展déformation』を開催中。

photo/
Satoko Imazu
text/
Lamp Kohmoto

本記事は雑誌BRUTUS882号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は882号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

No.882
続・いまさら観てないとは言えない映画。(2018.11.15発行)

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